思考停止と統合失調症

ここは、まだつくりかけですが、日記から切り出したまとめページです。

メインテーマは、人は他人となぜ分かり合えないか?です。
出逢っているのに出逢えない、このもどかしさをなんとかしたいです。
旅の恥はかき捨て、軽井沢ならではの側面もあります。

文中、統合失調症という言葉を使ってますが、全くデタラメです。 単純に複数の人格が、一個人に存在する。それらが干渉しあって病的になっているのを指してます。
私は心理学者じゃあありませんし、心理学者には救えないと思う。
ここで述べているようなレベルなら、よく寝て、青春すれば直る、その程度の事だ。

しかし、こうして通して読んでみると、自分のいい加減さが良く分かる。反省。
格好悪すぎなので、後で、読みやすく加筆するかも知れません。

ここでの文章をスラスラ読むには、オートポイエーシスコヒーレント思考の知識はあった方がよいです。

長くなったので、シーズン2 に分けます。
2011/4/1

オートポイエーシスの河本氏は「行為知」の底知れる深みとか表現しますが、言われるまでもなく、まあ頭で考えて理解できることなんぞほんの少しだけです。 分かろうが分かるまいが、今こうして存在して息をして生きてます。で、 行為知じゃないんですが、歴史的な知識ってのがあって、伝承している当人さえもその真意が理解されていないものもあります。 真意なんぞ無い、と言い切っちゃうのは簡単ですが、ホントにそうか知らん? 一般的にないものを証明するのは難しい。 ところが、世の中「優れた人」がいて言い切れちゃう人も居るんですよね。 昔の先人より、今現代の我々の方が優れている、とか何でも良いのですが、 腹の底に「自分は優れている」というオートポイエーシスが成立しちゃっているんだと思います。

どこぞの某有名ブロガーがそういう人のこと「優れ主義者」と呼んでました。
住民がパニックにならないように、わかりやすく説明しないとと言いながら嘘の説明しゃう人もこういう人かも知れない。 ブロガー氏の気持ちは分かるが、でも、ちょっと違う。 そういう回路が出来てしまうと、当然のことながら 敵わない人を前には「あの人は、私より優れている」というのが成立してしまいます。 なので、劣等感を持った人と根は一緒。 今まで余り負けたことがないか、しょうっちゅう負けているかの違い。 常に、何かしらの尺度をもって人を測っているんです。 私は使えない人間なので、大体そういう人からはスルーされます。 若いころは女性からもスルーされました。
それは兎も角、良い言葉、捜しているんですが思いつきません。「差別主義者」と呼んで良いのですが、 イマイチ、スマートじゃありません。

反対は簡単です。人は自分も含めて同じだと思っている人の事です。
尺度自体はある。例えば、男か女か、背が高いか、低いか、お金持ちかそうではないか。 でもそれは単なるその人の特徴というか、その程度のもので、決してそれらが人としてのランク付けにはならないと思っている人の事です。
ホントに優れた人が居たとして、その人が前者なら「自分は優れているので、楽しても良い、当然その権利がある」と思考がつながるかも知れませんが、後者ならうそうはならない。 「自分は優れているので、もっとちゃんとやらんと」とつながる可能性もある。 でも後者であると言いながら、他人をみて「優れ主義者」かどうかと分類するなら、 その人はすでに巧妙な「優れ主義者」になっていると思う。後者をやるのは簡単じゃない。

話は随分脱線しましたが戻って、私は昔から伝わる伝統、何気ない風習の中にも、 思いがけず「先人の知恵」が含まれているものがあるんじゃかと思う。 なんだか、歳を取るに連れて慎重になってゆく自分がある。

2011/6/27

★★☆ 「優れ主義」というらしいが(ネット用語かも知れません)、 優れている奴はなにをやっても良い。逆にしょーもない奴等に対しては何をしても良い。 洗脳映画のような気がします。
本来の日本人は違いますよね。村八分にしても二分は協力します。 しょーもない奴等だって人間、どうにかして生きて行かなければ成らないわけです。 それ、否定しちゃっちゃ、そりゃあ相手はテロでもなんでも起こしますよ。 なんで、そんな簡単な仕組みが分からない?
私、勧善懲悪の映画が好きですが、悪人を殺して組織を壊滅させてても終わりじゃない。 これじゃあ何も変わらない。こーいうのは勧善懲悪とは言わない。 小泉さん以降でしょうか? いや、中曽根さんからでしょうか? 今は背くと完全排除されますね。この手の映画もその風潮に役立っているのかも知れません。
この主人公は大使館職員でありながら(十分勝ち組じゃん!)、自ら特殊諜報部員だかなんだか、その手のやつに成りたいと思っている。 本気かい? 方や今の日本の若い子は商社に勤めておきながら、海外出張は嫌だという拒否するらしい。究極の選択、どっちもどっちな気がするが、まだ、日本の若い子の方が健全な気がする。そうじゃなくて、もっと普通じゃないと。 そういえば今の高校生は優等生じゃなければ、ヤンキーだという。 何がなんでも成り上がりたいと思っている奴とふてくされて拗ねている奴。 普通の子、少なくなりました。

2012/12/29

対米従属でも、弱腰外交でもそうですが、自主性が殆ど見られない。
あ〜、情けなか、と思うのは簡単ですが、今日、○○○○で話をしていたら、 日ユ同祖論とか、怪しい系の話をしていたんですが、そうしたら、 これって「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出す」のと一緒だってことに、気がついた。すっげ〜日本人。 国家レベルで真のキリスト者をやっているじゃん!
お金だってそう。細かい言いまわしは忘れましたが、神が作ったものじゃない。 そんなもの作った人の元へ返してしまいなさい、とイエスは言いましたが、まさにこれ。 日本は実践してます。 働いて、働いて、働いて、貯めたお金、自分で使うことなく、全部あちら側に持って行かれてます。
そういえば、イエスが否定した教会、こんなものを介して「キリスト教徒」と名乗って、矛盾を感じないのでしょうか? イエスが説いたとおり生きるなら、戦争なんかする訳ない。 それどころか、毎日えげつないビジネスをして、日曜になると教会で懺悔する。 そんな姿を見てると、人格の統一性を疑う。そういえば、今月号の 日経サイエンス2013年2月号 の特集はサイコパスですね。
日本人の方が、別にキリスト教徒ではありませんが、はるかにイエスの教えに従った生きたをしているように見える。従っているわけじゃなくて、知らず知らずのうちに。
うん、21世紀を担うのは、益々日本人以外にない、と益々確信を強くする(^_^;)。

2013/10/17

私のコヒーレント思考に対して(そう名づけたのは私ですが、別に私の専売特許でもなんでもない)、くだらない具にもつかぬ事だと良く言われますが、その通りです。 社会で、企業であなたが与えられた社会的人格を職務をまっとうするには、そんなものは要らない。それよりは、的確な判断に短時間でデコヒーレントさせる能力の方がはるかに問われる。そんなことは言うまでもない。
因みに、家庭も社会の側面がある。 もし、昔みたいに子孫をのこして立派にお家を継ごうとするなら、妻となる人にもそれなりの人選が必要になる。お家の発展のためには、その女性の出所も大切な要因だ。 家と家との問題にもなる。 健康な子供を産める体で、子供を立派に育て上げる力も必要だ。 家を任せるなら、家を取り仕切る能力も必要になる。 両人も、そして、子供も大変だ。 しかし、人はそれだけにはおいそれと収まらない。 そういう人達が、他所にもっと心がくつろげる居場所をつくってしまうケースも良く聞く話だし、まあ、倫理的かどうかは知りませんが理に適っている。

コヒーレント思考は気配というか、余韻というか、言葉はなんでもよろしい「ちょっと待てよ、何か変だ...」と考え始めることに意味がある。 そこから、なにか重要なことが発見されるかもしれないし、そうでないかも知れない。 しかし、そいういう疑念が生まれたということは、一般的にはなにかある。 解明できるかどうかは別にして。 コヒーレント思考、それは正直に自分の心の声に耳をかたむける思考方法だ。
彼女を24色のクレパスで描こうとした間抜けな男の唄があります(22歳の分かれ:伊勢正三、大賀ホールでコンサートもやりました)、人が24色にデコヒーレントするわけがない。
人が他人をそのまま受け入れようとするなら、コヒーレント思考が必須です。 そうしてそこでは、上下関係は一切ない。 そんなものとは無縁だ。 相手が立派な人なら、自然と話言葉は敬語になるだろうが、人としては同じ立場だ。 もしそこで、上下関係とか紛れ混んでいるなら、それコヒーレント思考じゃない。 心が心を捉えるとき、そこには上下関係はない。 これ、コヒーレント思考かどうか見分ける1つの特徴になります。 優れようが、優れまいが、人としては同じです。
逆に、同じ立場であるとすると、同じ立場だからこそ言えることがある。
例えば、正直者であったか、嘘をついたか、他人を犠牲にしたか、この手の範疇だ。 ... これらは、先の社会的価値観の中では許される場合があっても、ここでは許されない。 許されないどころか、一切の曖昧さもない。 曖昧さが残ったら、多分それはコヒーレント思考じゃない。 だれも見てなくても、お天道様は見ている。なあんだ、コヒーレント思考はお天道様のことだったんだ! って、自分の心の中にいるお天道さまね。
当たり前ですが、コヒーレント思考の元、人は同じだとして、社会的権利がみな同等に認められる訳じゃない。それは社会に貢献し実績を残すことで、徐々に認められてゆくものだ。

さて、向こう側の俳優ニコラス・ケイジと最近はハズれ映画ばかりに出ているニコール・キッドマンが共演した「ブレイクアウト」の中でダイヤモンド・ディーラー役のニコラス・ケイジがいみじくも言う。 ダイヤモンドを盗みに入った強盗に、ダイヤモンド自体には意味が無いと。 そんなもの鑑定書がなければ、一文にもならないと。
これが「社会的価値」だ。 もしも私が直径5cmのダイヤをもっていても、鑑定書がなければガラス球と同じだ。
これは社会的価値に事実なんか直接は関係ないって話。
なんか変じゃねぇ?

忘れてますが、これ、お金も似たようなものだ。 10/17 はもう直ぐですね。 ただの紙切れです。 硬貨は、1円をつくるのに2円かかると聞いたことがありますが、硬貨は原材料が鉱物なので多少価値があっても、紙幣は紙なのでそれ自体にはその価値は額面程はない。 これ「信用」というのか知らん? でも、その信用をもってしてもコンビニで年齢確認を拒むと、私見たいな爺さんでも煙草を売ってもらえないらしい。
ちなみに、 中山たばこで買うときは年齢確認されたことはない。 これは社会的信用の例。
なんか変じゃねぇ?

更に、我々貧乏人はそのお金を稼ぐために、日々こうやって朝から晩まで働いてますが、 お金お持ちの使わないお金が山ほど持っていて、そのお金は巡り巡ってファンド等や投資家が使う。で、貧乏人は益々追い詰められる。なんか、変じゃねぇ?

他にも例を出すと、車が事故で全損したとしよう。体は無事だったとして、原因は相手が100%だったとする。 その場合、普通は車の査定が入って現金で支払われるが、この金額って知ってます? 到底納得できる金額じゃない。 その車を気に入っていれば居るだけ、その差は大きく感じる。 ああ、中古で同車種を買うとしたら、その程度なのかも知れませんが、 気に入っていたその車は、同車種であったとしても他の車とは違う。 違うのに、貴方のその思い入れなんか、全く無視されて冷酷に査定金額は算出される。 なんか変じゃねぇ?

絵画はダイヤモンドと一緒である程度値段を支える仕組みがあるようですが、いわゆる骨董品はめちゃくちゃです。 値段はあってないようなもの、欲しい人が居なければ、値段が付きませんが、 欲しい人にとっては、欲しいんだと思う。 私も以前は、Yahoo オークションで自転車のヴィンテージ部品で、だいぶ参加しましたが財力に限りがあるので、程々で一抜けたするしかありませんでした。 なんで当時、2000〜3000円だった Mafac のブレーキレバーが、2万を超えるんだあ!
まあ、個人的な価値と社会的な価値は殆ど関係ない。

それとは別で、今、ものすごく安いものが出回ってます。 安すぎです。「物には適正価格ってものがある」と創業者は言ったらしいが、その会社、今調子悪いです。 安価な製品、殆どは直ぐに壊れてゴミになるワンチャンスな製品ですが、中にはそこそこ使えるものもある。安くても、これ資源使っているわけです。 地球には宜しくないし、殆ど人件費ただみたいな状況で働かされている人が居るってことだ。割食って、日本じゃ人が余る。 なんか変じゃねぇ?

2015/8/31

日曜日は嫁さん、朝の6時に我が家を出たんですが、今回は新幹線なので私が駅まで送っていった。 4時過ぎまで起きていたので、2時間弱しか寝てなかったんですが、夢を見た。 先日、売ってしまったマンションの夢だ。 場面は車で旅行から帰ってきた場面だ。売ったのを忘れてしまってそのマンションに○○○と一緒に戻ったら、新しい家主が戻ってきてドタバタする夢だ。 夢の中では、売ったマンション、随分変わっていた。
それはともかく、○○○だ。
思い出すと心が痛むので忘れてましたが、ネコのパンチだ。 マンション時代に飼っていた猫だ。 自分は人間だと勘違いしてた変なネコだ。
一度、旅行に行くときに犬猫病院に預けていったら、鳴きどおしで声が枯れて戻ってきた。 で、可哀想に思ってそれからはどこに行くにも連れて行くようになった。 ダッシュボードの上が彼のお決まりの場所だ。 F1にも行って、人気者になった。 走りだすと煩いのでキャリーバックに隠れてしまいましたが。 散歩が好きで、ならば放し飼いにしてあげようと、軽井沢に引っ越すきっかけになったネコだ。 こいつが居なかったら、私は軽井沢に来ていない。 でも、軽井沢に引っ越す前に、車に撥ねられて死んでしまいました。 遺骨は、軽井沢に埋めた。 そういえば、このパンチにマンションを売ることを報告してなかった。 夢をみて、改めて、パンチにパンチが生まれ育ったマンションを売ってしまったこと、報告した。
で、つくづく思うが、そのとき時の思いは変わらない。
思い出すことができなくなってしまったとしても、残っている。
私は以前は理系で、どちかというとクールな方だったと思う(自分で言っちゃいます)。
多動症気味ではあったが、全員じゃないが何人かの大人を信頼していたので、聞き分けが良く、大人から色々諭されて、それなりに納得しながら成長してきたが、熱い思いがなくなった訳じゃなかった。 思いに殻を被せて、感じなくしてただけだってことが、パンチが死んで良くわかった。 自分の生の気持ちが良くわかった。
○○○の子に生まれると、可愛がっているペットをちょうどペットがその子に懐いてきたころ、自分の手で殺す試練が待っているという。 ○○○的には、それをクリアできないと立派な人間にはなれないという。 ダメだよ、そんかことしちゃ。心が壊れる。 その後、サイコパスにならずに済んで、平静を保っていたとしても、 その後、如何に成績が優秀になろうとも、 極普通のことが、普通に感じられないくなる。 いくらリッチになろうが、それ人じゃないですから。 いいかい、感情は爬虫類以下の生物は持ち合わせていないだよ。 感情は高等生物、進化の証だ。って、これ、ダマシオの請け負いですが、私もそう思う。 いわゆる感情に振り回されるというのは違うが、感情には所謂理性を越えた意味がある。 単純化した思考を越えた、何かがある。 頭で考えても、感情が、ちょっと待て、それ違うぞ、見落としているぞと警告してくれる。 それらを全部否定したなら、人の姿をしたヒトモドキとなってしまう。 で、彼らはレプティリアンと呼ばれる。
そういう意味では、私も少しレプティリアンしてたかも知れない。でも、人に連れ戻してくれたのはこのパンチとそれと嫁さんだ。 早く人間になりたい! ってオイラ、妖怪人間だったんか。

2014/4/12

素の自分と社会的人格

先日、私個人は銀行なんか殆ど行きませんが、運転手で銀行に行く用事があった。 私は暇なので、ソファーに座って、皆さんの様子を観察してた。 あ、軽井沢の銀行じゃなくて都会の銀行ね。 案内のお姉さん、窓口の女性、裏には偉そうなおじさん、??のおじさん、皆さん、生き生きしてて、テキパキと仕事を熟してました。申し分ない。 銀行のそれぞれの担当として、その役割上求められる人格(ルーマンの言葉遣い)をしっかりこなしてます。
しかし、その窓口の人も、例えば家にもどって旦那さんに「今日さあ、変なオヤジが来ちゃってさあ、...」等と悪態付いて話しているかも知れません。 いや、夫の前でも良い妻を演じていて、悪態つくのは友達の前だけかも知れません。 いやいや、悪態を付ける場所がない人も居るでしょう。 それはともかく、本心はそう思っていたとしても、そのオヤジに向かって仕事中は「いえ、お客様、その場合は、...」等と丁寧に応対する訳です。 どっちがホントのその人やねん?

客は遠いので、もっと近くの上司だとしよう。 上司には部下として接する訳ですが、尊敬できる上司なら良いですが、そうじゃないと、腹に思っているのは全く違う事になるが、それでも、上司には部下として接する必要がある訳です。 組織人は辛いのお。 辛くても、外から見ていると単に部下が上司に対して接している以上に、良好な人間関係が築かれているように見えるようなる場合があります。 世渡り上手ならそうです。でもこれ、ホンモノじゃない。
と言うのは、チヤホヤされて引退した企業のお偉いさんが軽井沢に移住して数年。 元の会社に対する影響力がなくなると、だれも元部下は遊びに来てくれなくなります。 孤独に耐えかねて都会に戻ったり、引き篭もりになったりします。 軽井沢では見慣れた風景だ。
俺様は部下に慕われていたハズなのに、という勘違いオヤジのことはさておき、上司に対してでなくても良いですが、仕事上の自分が素の自分と違う場合、素の自分じゃない自分でいるってことは、その人は仕事では仕事上の自分を「演じている」事になります。お、役者じゃなくても「演じること」は必要だったんか!
まあ、成りきって、仕事してる訳です。

演じるというと言葉はそんなに悪くはないかも知れませんが、それって意図せず起きると昔は精神分裂病と呼ばれていたのと同じじゃないの? 現在は統合失調症と呼んで、区別するので、多重人格と呼ぶべきかもしれませんが。 でも、複数の人格が分裂せずに病気にならないようにする為には、強引にでもつなげる必要があって、普通は、仕事では云々、プライベートでは云々、となるんだが(そういうネットワークを別途持ち込んで強引につなげる)、それでも違う人格には違いない。
これは特に、都会だと顕著です。
軽井沢のような田舎では、仕事上の人格は忘れて、素で仕事しちゃうので、都会人からすると非常に態度が悪いと感じられる場合があります。 お前やる気あるのか? でもこれ、慣れちゃうとというより、分かっちゃうと気にならないし、実際は都会の業者さんよりもっと親切丁寧に対応してくれる場合もあります。 不器用で素朴だけれど、いい人達なんだ。 って、都会人にはそうそう理解できないと思いますが。
逆にいうと、田舎では都会ほど社会の顔と素の顔が分かれていない場合が多い。 社会での顔と素顔ですが、これが違う場合、放っておくと自然と1つになろうとする。 1つになるには、上では素と呼んだが、素の方とは限らない。 社会的にも素晴らしい顔を演じられる人なら、こっちの方、ホントにそういう人に成る手もある。 「そんな人居ないよ」って居るんです。そう思う人は、貴方の回りにそういう人が居ないだけだ。
居ないよ、と思う人は、多分変態趣味があると思うよ。あるでしょう > 君!
というのは、身綺麗にしてハキハキとし仕事している若い娘がいたとしよう。 その娘のプライベートが仕事ぶりと同じなら、別に知りたいとも思わないハズだ。 違うと思うからこそ観てみたいという誘惑に駆られる。

ホントにそういう人は「ホンモノ」だ。 ホンモノには私生活があったとしても、どうでも良い。
そうじゃない人は「演じている」人だ。 その人格上のスキルが高ければ、そこでホンモノとみなされるかもしれませんが、人としては偽物だ。 マクドナルドに綺麗でテキパキしたお姉さんが居たとしても、そのお姉さんはそういう人じゃない。そういう接客方法 How to を学んで実践しているだけだ。 それは、Virtual な世界だ。 Virtual な世界にも、優れてて出世している人もいれば、落ちこぼれる場合もある。 それを良しとする人や組織、社会があるという意味では Virtual ではないが、その自分ってホントの自分じゃない。そういう意味で Virtual だ。
でも、それってホントの自分じゃないので虚しくありませんか?
幾ら褒めてもらっても、それ自分じゃなくて、自分の演技だ。 素の儘なら、もしかしたら受け入れてもらえないのかも知れない。。。
いや、なにも人を固定的に捉える必要はない。それは間違いだ。なので、別ものとして演じ続けるんじゃなくて、ホントにそういう人になろうとしている人もいるのかも知れない。
逆に「ホントの自分でも他人or 世の中が認めなければ、単に一人よがりだよ」ってその通りですが、稀にその人自身が世の中から受け入れられる場合もある。 死んでからじゃ遅いけれど、ホンモノは気にしないかも。
生まれながら認められる場合は少なくて、普通は努力するわけだ。
なので努力する人には3パタンあるのが分かる。

1.別人格を演じることを続ける努力。
2.自分を理想の人格に近づける努力。
3.自分を社会に認めさせる努力。

1と2は社会が認める人格と素の人格が違う場合で、3は1つしか人格がない場合だ。 1と2は似てるが、2は1つの人格を目指しているのに対して、1は分裂したままだ。 ちょっと誤魔化した。初めから1つのホントの自分なんて在るわけないので、3の場合も自分をどんどん理想の自分に変えて行く必要がある訳で、そういう意味では2と3は似ていて、自然な動きだ。 それに対して、1は不自然だ。

分裂したまま共存させるには、それを維持する力、仕組みが必要になる。 これ意外に簡単で、例えば心の根底には「他人は私を理解でない」ってのが潜んでいれば良い。
誰でも良いが、一度でも他人から素の自分を受け入れらた事があるなら、その思いは永遠に残る。こうはならない。 人生のうちどこかで良い。一でも素の自分を受け入れられた経験があるなら、つまり「愛されたなら」こうはならない。 ということは、大人になってまでそんなことしている人は、人生において一度も素の自分を理解してもらったことがない、ということになる。
実は、何度もチャンスはある。
素の自分を受け入れてくれる、と言うと普通、先ず最初に思い浮かぶのは「母親」だ。ところが、最近の子は、良い子にしないと愛されないので、この思いを知らない人が多い。 逆に、ホントの自分を出して嫌われる恐怖が常に横たわっている。
親に恵まれなくても、恩師に恵まれるという可能性もある。 昔なら、親は忙しくても、爺さん婆さんが居たが、今は各家族なのでそれもない。
ところが、今の学校の先生もホンモノは居ない。居るかも知れないが、非常に少ない。みんな良い先生を演じているだけだ。 そんなのは直ぐに子供には見透かされてしまう。先生の前では、こうやっていればいいんだよ。 テストでも○○の問題には□□と答えておけばいいんだよ、状態だ。 and so on... 学問の尊さなんかどこかへ行ってしまってる。虚構だ。
次が友人だ。
友人は人生を豊かにする。
これもねぇ、友人ならこうあるべきだ、なんて考え始めると友人を演じることになる。 幾ら良い友人を演じても、アイツは、俺の○○が目的で近づいてきてるだけだ、とまあ、つれないものです。 それどころか、今はイジメの世代。下手すりゃ友人やる前に虐められる可能性がある。そうならないように気を配ってないと。てな訳で、真の友人なんかできっこない。 とは言い切れないが、非常に難しい状況だ。
もう1つは恋愛だ。
ところが、最近は恋愛でも演じてしまう人が多そうだ。 モテるには、....、or .... ダメだよ、そんな事しちゃあ。 整形までしちゃう人も居るらしい。 一生、自分を隠して、演じきるつもりかい?

特に洋画をみると思うんだが、外人は孤独だ。 他方で、今述べた意味なら日本人も孤独なハズなんだが、日本人は直ぐに回りを見渡して同じことするので、それほど孤独を感じなくても済むのかも知れない。

親も親戚もダメで、友人も恩師もダメで、彼女も居ない奴はどうする?
まだまだチャンスがある。
1つは、大自然に接することだ。偶に山に登ったくらいじゃダメだ。 整備された山は自然じゃない、人口だ。 それに対して、ホントの自然はもっとずっと複雑で奇想天外。驚かされることが多い。 真摯に対応すると、こちらが変わらざるを得ない。ちっぽけな悩みなんかすっ飛んでしまう。
最後に紹介するお勧めはクラッシックだ。音楽に限らず、哲学でもよい。文学でも良いのかも知れない。ホンモノと言われる人に接すると良い。

2014/9/3

キーワードは統合失調症

★★★★ wowow の説明を読んじゃったせいかもしれませんが、途中までつまらなくなって何度か観るのを止めようかと思った。 嫁さんが戻ってくるまでにまだ時間あるし、流していた。 やっぱりソダーバーグだ。 そうしたら、途中からどんどんおもしろくなった。でもネタはバレバレです。

この映画も911が喩え話で出てきました。 1+1=2は教えた。後は、1万+1万がどうなるかは、自分で考えろって事だ。 そう言う意味なら、この映画自体も喩え話で、実際の世の中もこの映画で描かれていたようなトリックがあるとしたら、あとは自分でそれを読み解いてみよって事だ。
そんなこと考えなくても、楽しめますが、敢えてちょろっと考えてみる。

キーワードは統合失調症だ。
今はなんでも鬱病にして薬を出して儲けちゃいますが、アトピーと同じ利権ビジネスだ。 でも、本映画は鬱病とおもいきや(wowow の紹介にもそう書いてある)、どっこい統合失調症だそうだ。 明らかに可怪しい症状を示しているなら兎も角、その程度で統合失調症だと言うなら、現代人、それも上手く社会に適応して、自分と社会人を使い分けている人は、みんな統合失調症じゃないの、と思ってしまう。 まだ、ホントの自分と社会人の間に整合性が取れていればOKですが、ホントの自分が見えなくなるくらい社会人の自分がホントの自分を覆ってしまった場合もそれはそれで分裂せず一応統一している様に見えるので、取り敢えず、統合失調症とは呼ばないかもしれない。 田舎で、田舎っぺ丸出しでぐーたら仕事している人は、全く、そうじゃないかも知れない。 そいつは、単にそういう奴だから。 否、それも田舎っぺという作られた人格かもしれない。
ホントの自分と社会人の間に整合性が取るのは実は言うほど簡単じゃない。 平和で皆が幸福な生活を送れている社会ならそれも可能だろうが、 なぜなら、例えば、先日のイスラエルによってガザで大虐殺が行われれている事実と、今、自分は日本にいてのほほんと暮らせていることをどう両立させられるというのか? まあ、ガザの惨状はあまり報道されませんでしたが、では、毎年3万人近い人が自殺しているという現実をどう受け入れる?
小市民を気取るには良い言い訳が幾つも用意されている。
例えば、彼らは劣った者、もしくは努力しなかった者、つまり自己責任って訳だ。 他方、偶不運が重なっただけ、ってのもある。 なんでも良いですが、つまり、自分とは状況が違うということだ。 それが、どこへ繋がるかと言うと、考えても仕方ないって事だ。 最近は差別意識へとつなげる場合も多い。 で、思考停止になってそれ以上考えない。 違いを見つけるのは容易い。現に違うんだから違う。 そうじゃなくて、相手の立場にたって、もし君がその人ならどうすれば良かったんだろう? ということだ。
私は、無理に考えろとは言わない。現実を受け入れる準備が整う前に、酷い現実を目の当たりにすると心が壊れる。
もしあなたが、フクシマで済む場所を奪われて、働く場所を奪われてしまった人ならどうする? 有り余る経済力や強力なツテ、特別な能力があれば、別のところでも行きていけるかもしれない。でも、普通の人なら、or 何も才能がなければ、どうする。 逆にハンデがある場合なら? .......私なら途方にくれる。
他方で、ホントの自分が自分で見えなくなるくらい、別の人格が覆ってしまう場合は多々ある。ほぼ、すべての生活パターンに対して、 セレブならセレブのB層ならB層のパタンが用意されている。 教育だったり、プロパガンダだったり、色々だ。 でも、彼が属する社会でそのパタンに則って振る舞ってヘマしなければ、大きな破綻は招かない。 されど言うほど楽でもない。なぜなら、その社会ではその社会で良くしたもので、競争みたないものがあって、そうそう落ち着いて暮らせる環境じゃない。 人間は良くしたもので、余裕を与えると、色々なことを考え始める。 ホントの事に気がつく可能性がある。 それが拙い。 それ以前に、そのパタンを受け入れた瞬間に、セレブはB層のあいつらとは自分が違うと思い、B層もB層で、セレブとは違うとうことを受け入れることになり、人なら誰でも人であることには変わりないという視点が、その瞬間になくなる。 そういう意味では中産社階級が一番自由で、自分らしい生き方が追求できる階級です。 以前はこの階級が一番多かった。 ここでは、無理な競争を強いられることもなく、まあ、誰とでも仲良くなれる。 セレブとB層を仲介することも出来る。 「彼ら」にしてみると、これが一番拙い。 対立していれば、その緊張を利用して外から操作することは容易になる。 団結されちゃあ困る。
「彼ら」にしたら、日本、韓国、中国が仲良くされることは宜しくない。 ましてや、ロシアなんてもっての他だ。 さらに、自由な探究心は、世の中の隠れている悪を見つけ出して、白日の下に晒さないとも限らない。彼らは自分たちがやってきたことがバレるのを恐れる。
でも、中産者階級は意外に許容力は広い。 覚醒した瞬間は、自分が騙されていたことに憤慨しますが、次の瞬間、どうすればよいかを考える。 考えた挙句、日本人なら、そういう人達をも結局受け入れざるを得ないと判断すると思う。 結局、この狭い地球で皆が仲良く生きていく他ない。 彼らが改心すれば、仲間に加えてくれると思うよ。 はい、あいつらが、改心するわけないだろうとういう声は聞こえてます。

2014/10/5

2010年

★★★★ 録画の整理にで観た。皆が言うほど、つまらなくもなかった。
ただ、キューブリックの2001年とくらべるのは酷だ。

さて、 2001 年は学生の頃、新橋だかの馬鹿でかい映画館で友人と観た。 オールナイトで観に行った。 一番前に座ったのですが、シネスコだったので大迫力ですが最初は画面全体が見渡せず、辛かった覚えがある。直ぐに慣れる。 一回目はわけが分からず、二人してきょとんとしてた。2回めで少し糸口が掴めて、その後喫茶店で議論して、私的には納得した。別になってことはない。 勇気をもってモノリスに触ったものだけが、次のステップに進めるというだけの話だ。 下手するとB級になりそうなものを、キューブリックがあんな映画にしちゃった。 私、レーザーディスクでも所有してますし、DVD でも持っている。 映画のクラッシックだ。
と言うわけで、モノリスの意義は私の中では解決済みなのでスルー。
物語の展開も小松左京のさよならジュピターを知っている我々には二番煎じに見える。 私の興味はもっぱら HAL がなぜ造反したか?だ。
結論を言うと 統合失調症になっちゃった見たいです。
素直な HAL は融通が聞かず、最初に科学者に指示されていたミッションと後から政治家が指示した内容が矛盾し、純粋な彼は混乱したみたいだ。納得。
その点、人はずっと融通が効くようにできている。
つづく..

2014/10/15

統合失調症

最近、鼻につくキーワードは統合失調症だ。
先日の話の続きですが、 ウブなHAL が罹ってしまった心の病が統合失調症だ。
気になり始めると凄く気になる。
さて、質問です。
木でできた椅子があったとしよう。 私がそれを指して、それはなんだ? と質問する。 それは、木ですといっても間違いではないし、それは椅子ですといっても間違いではない。 私の大切な友人、天才的な友人が答えた。 材質は木でできていて、その用途は椅子だと。
それはその通りだが、私の質問の真意には答えていない。 それは○○だという文脈では○○には何が入る? そもそも、そういう質問自体が体をなさないのか?

じゃあ、玉切りした木があって、見た目は、まんま木だ。 知らない人の為に説明しておくと、玉切りとはチェンソーで長い木を50cmくらいにカットすることです。 そのまま割って、薪にしたいところだが、それを私は我慢してもっぱら椅子として使っているとしよう。 その玉切りした木は、木なのか? それとも、椅子なのか?
材質が木というよりは、そのまんま木だ。 用途は椅子だが、見た目はどうみても木だ。
それを指し示して、これは○○です、という場合の○○には一体何を当てはめるのが適切なのか?

前者の場合、その木は加工されている。で、加工した本人は多分、椅子をつくろうと思ったに違いない。なので、私がそれを椅子として使うことは一度もなく、踏み台として使っていたとしても、or 花瓶台として使っていたとしても、そんな事は知る由もない。 それを、持ってきて!と誰か他人にお願いする場合、それ、を効率よく指し示すには、多分、その椅子、と表現するのが一番良い。ということはやっぱり椅子か?
それは踏み台だとわかっている人なら、その踏み台を、と表現した方が分かりやすい。 特に、周りに別の椅子がいっぱいあったりすると。
後者は、どうするんだろう、加工したといえば玉切りしただけだ。 玉切りが分かる人には玉切りした木、とか呼ぶと直ぐに分かる。 ということは、係り受け的には木なので、木か?
たとえ、玉切りであっても、玉切りしたということは、なんか思って玉切りしたに違いない。薪にしようとおもってやったのに、途中から椅子になったのかも知れないし、最初から椅子にしようとして玉切りしたのか知れない。 単に、軒下に移動できるように、原木だと重いので or 軒下におくとはみ出るので、用途とは決めずに、ただ玉切りしておいただけかも知れない。その場合の用途はまだ未定だ。

じゃあ、こういうのはどうでしょう。
前者の椅子で、それが大切な故人から贈られたものだったする。 その場合、それは何だ? と訊かれたら座るなんぞ、とんでもない。 「それは形見です」と答えるかもしれない。

なにをくだらない、というか当たり前のことごグダグダととお思いかも知れません。
質問を少し変形して「それは、あなたにとってなんですか?」と訊くともっとずっとハッキリする。 椅子として使っていれば椅子だし、形見なら形見として大切に扱う。 要らないと思っていたら、それはゴミです。塵芥処理条行きとなる。
で、それは実際の行為に繋がる
一歩踏み込んでいうと、それを当人がはっきり意識する必要もない。
人間、素直なもので、ホントにそう思ったらそう行為する。
この交差点はホント危ないと思ったら、一旦停止だろうがなんだろうが一旦停止するもんだ。 お巡りが時々見張っているのが分かっていれば、交差点は危なくなくても、一旦停止する。 なので、逆は真じゃない。結果(行為)は同じでも意図は違う場合は多々ある。

では、そう思っているのに、そうしない場合があるのはどいういう訳?
愛しているのに優しくできない。 外で仕事したいのに、引きこもる。 例を数え上げれば、きりがない。
痩せたいのに、食う。
私は単純に次のように答える。 そう思っているのはホントだとしても、そう思ってない自分もあるからだと。 つまり、そう思っている自分と、そう思っていない自分が共存している。 右脳と左脳をつなぐ脳梁を切断すると同時に2つの人格が存在するようなる。 両目を開けていると、脳は無意識に適当に辻褄を合わせて、それっぽく答えるらしいが、 右目と左目はそれぞれ別の脳が管理するので、同じものを片方ずつに見せて質問すると違う答えをする。
自分の心は自分が思うほど、1つじゃない。つまり統合してない場合がある。
オートポイエーシスでいうと、在る某か意味のあることを言うなら、いう人が存在する。 言う人が存在しない言明など、意味は無い。 それが本当だとして、材質は木でできていて、その用途は椅子だと言ってみたところで、その材質がわからなかったり誤認している人に対しては意味があろう。また、鉄の椅子と区別するにも意味上がろうが、そうではなく、そういう特別な状況ではなくて、 単に、そうであるものを、材質は木でできていて、その用途は椅子だと言ってみたところで、全く意味は無い。 それは単なる事実。事実を述べることで、質問をかわそうとしている。 そういう場合は、「だから、それはなに?」と返答に満足することなく、ダマされることなく、本当にあなたが納得するまで質問をつなげれば良い。「だから、なに?」「だから、なに?」....
「つまり、それはどういう意味?」
つづく、... 仕事しないと。

2014/10/17

HAL の心の病の話の続き

分裂した自我は、なにも引き篭もりだけの話じゃない。
統合されていないにも拘わらず、特別症状がでない場合がある。
おちゃらけ教授、武田先生のブログを引用する。
武田「会長さん、原発は安全ですか?」
会長「そりゃ、安全だよ」
武田「送電ロスがかなりあるのですが、なぜ東京に作らないのですか?」
会長「そりゃ、危険だからだ」
正気の沙汰じゃない。
ホントにそう思っているならそう行為する、という原理から言えば、 もしその会長さんが、原発の隣に住んでいるなら or 視察に行っても完全防御服を着ないで原発に現地に入れるなら、安全だと思っているに違いない。
では、このオジサンはなぜ、矛盾を含んだことを言いながら、統合失行症を発症しないのか? それは、大元では分裂していないからだ。 それどころか、逆に「危険じゃない」という答えと「危険だ」という答えを両方持ち合わせていれば、どんな反論が来ようが、自分の有利なように導くことができる。 こんな分裂なんか些細な事だ。彼の関心はそんなところにはない。

しかし、関心はなくても、小さな裂け目がどんどん広がる可能性がある。
あのドン・ジョバンニだって、エルヴィーラのいつもと違う反応、些細なことをきっかけに地獄に堕ちる羽目になったくらいだ。
でも、会長さんのこの場合は広がらない。
実は、小さな分裂は、予め用意された「場合分け」で収まってしまう。 それはひび割れが大きくなるのを防ぐエポキシ樹脂のようなものだ。 材質は木で用途が椅子なのと原理的には同じだ。 そこだけみると、ストンと落ちる(良く考えなければ)説明が用意されている。 安全となる場合を想定し安全と言い、危険な場合を想定し危険という。 材質と用途が相関関係のないパラメータなら、木であるのも椅子なのも正しいのと同じように、そうしたケースが独立なものなら、どちらも正しいということになる。 会長さんの前提は知らないが、例えば、原発は原発よりもっと危険なものと比べてると確かに安全になる。探してくれば、それを支持する科学的なデータも沢山見つかると思う。 でも、事故が起きた場合を考えると原発は危険だ。 こういう場合はこう、別のああいう場合はこうと、違いの分かる男は、七面倒臭い理屈を述べて場合分けを行い、それぞれが落ち着く接続先を見つけることで、全く矛盾する結論に至ったとしても気にならなくなる。それで、問題を理解したと誤解すようになる。 良くわからないが、ともかくそうなんだ。ふ〜ん、状態だ。 それは黙らせる効果はあっても、そこから新しいものを生み出す効果はない。 そこからは何も出てこない。つまり思考停止状態に陥る。
弁証法は分けたあと、上手く統一(止揚)するまで延々やるんだが、ここでは分けておしまい。 いちいち検証するのは面倒なんだが、検証するとウソが紛れ込んでいるのが分かる。

思考停止を呼び起こすこの手の模範解答が世の中には何パターンも用意されている。
この思考停止は、統合失調症が発症しないように働いていましたが、 逆に、思考停止が統合失調症を増強する例を次に上げる。
優等生ぶっても、全員ができるわけじゃない。
普通の人は真似できない。 それだけホントに優秀じゃないなら、ホントの自分と対峙せざるを得ない。 この時、自分がそれだけの成績、結果を残せないのは努力が足りないからだ、というパターンを受け入れて、そっちにつなげると、思考停止になる。 すると、これまで以上に努力する必要が生じる。 そうすると余計嫌になって、ますますそんな事やりたくないと思う自分が強くなって、清らかな気持ちで望めなくなる。 すると余計に成績がが落ちて、完全悪循環に陥る。

この悪循環を断ち切る例。手前味噌で恐縮だが、私なら、ちょっとやってダメだと、僕はそれをやるために生まれてきたんじゃない、と判断して決して頑張らない。 私と同じく、普通かそれ以下の人は意外に早く、 親や、社会が導こうとする幻想に見切りを付けて、自分を見つけられるかもしれない。 ただ、そこに至るまでに、劣っているが故に親や周りの期待に応えられず、馬鹿だチョンだと言われて虐待されていると色々な弊害が出ているので、そこから回復するために遠回りする必要があるかも知れません。 遠回りしても、道すがら、色々なことを学べるので、遠回りがあながち悪いわけでもない。
なまじっか優秀だと途中から落ちこぼれることになる。
勝利の味を知っている人が、途中から落ちこぼれる。 これ、結構辛いので、その時の敗北から立ち直るにはこれまた多少時間がかかるかも知れません。
ところが、ホントに優秀だと、優等生ぶることを貫徹できる。
そうなってしまうと、そこから本来の自分に引き戻すことは結構大変だ。 間違って、エラくなって、結婚して、子供とかできている状態で、なにかの拍子に、しまった、これは自分の生き方じゃなかったと気づかれても、世の中は非常に迷惑する。 見ていると、どうもそのまま行っちゃう人が多いようだ。 そういう人が人生をどう感じているかなんて、私には想像もつきませんが、私はそんな人生、勘弁願いたし。
なので、若くして挫折した人は、自分を見つけるという意味ではラッキーかもしれない。
いつも思うが、普通が一番だ。
ドン・ジョバンニは優等生ぶったわけじゃなくて、悪ぶった分けですが、この例でいうと、ホントに優秀だったパターンに当てはまるのかも知れない。

話は戻して、優等生ぶろうとおもってもできない。
これは事実として、分裂したままにしておくのが良くない。 そこからどこへつなげるかは、実は可能性は無数にある。
単に一時的なスランプだと思って、もっと頑張るとか、 一時的なスランプだと思うところまでは一緒でも、じゃあ、休んで見ようとか。 私みたいに、早々にそれは自分にはあってないと見きっちゃうとか。
接続先(答え)は1つじゃない。
無数だ。まず、このことを抑えよう。この事は非常に重要。
つぎに、
ところが、世の中には、予め用意されたパターンがある。
先人が考えた対応方法だ。 それぞれのパターンには効能があって、役立つので繰り返し使われて残っている。 もし、ドツボに嵌ったら、この手の袋小路に追い込まれていないかどうか振り返ってみると良い。 で、ここに書いたことは私が思いついたパターン。なので、そのまま採用するのは、これも予め用意されたパターンと大差ない。 あなたがあなたらしく生きるなら、あなたが独自のパターンを見つける必要がある。
さらに、つづく。。。

2014/11/11

洗脳

藤原直哉の twitter からの引用です。
権威の下で行動している人は、良心の基準に違反した行動を実行するが、その人が道徳感覚を喪失すると言っては誤りになる。むしろ、道徳感覚の焦点がまるっきりちがってくると言うべきだ。 自分の行動について道徳的感情で反応しなくなる。むしろ道徳的な配慮は、権威が自分に対して抱いている期待にどれだけ上手に応えるか、という配慮のほうに移行してしまう。戦争中の兵士は、村落を爆撃することの善悪は考えない。村を破壊しても、恥ずかしいとも後ろめたいとも思わない。 むしろ自分に与えられた任務をどれだけ上手にこなしたかに応じて、誇りや恥を感じるようになる。(ミルグラム『服従の心理』山形浩生訳)
-- 以上、引用終わり --

これって、服従の心理というより、これこそが「洗脳」だと思う。
洗脳は一部のカルト宗教団体だけの話じゃない。 与えられた任務をその善し悪しは兎も角、一生懸命こなし、評価されて、自己肯定を得る。それは、1つのネットワークを描き、オートポイエーシスを形成する。 最初はそれで良いのか知らん? とか、あれ、変だなあ、とか思ったとしても、この流れに合わせてしまえば、完結して、そういう人になる。 このオートポイエーシスが成立している限り破綻はない。
これって、犬みたいだなあと思うのは私だけか知らん? 猫は飼い主が望んでいることがわかっても、自分がやりたくなければやらない。 このループに陥ると、例えば「自分で考えてやってね」みたいなリーダになった瞬間に、 それまでの成功体験を得るためのループを維持できなくなる可能性があります。 犬と同じで、何も命令してくれないリーダだと悪いリーダだと思って、代りに自分がしっかりしなくっちゃと判断して、リーダに背くようになります。 まあ、リーダも大変です。
他方、既にレベルはともかく価値判断ができている猫のような人には、これ通用しない。
無理にやるとしたら、一度ガツンとやって壊さないと駄目だ。 原理はショック・ドクトリンと同じ。 どのくらいのガツンで、壊れるかは、その人が持っている信念の強さにある。 どんな人と遭ってきたか? 何を知っているか? どんな体験をしてきたか?、味わったことのある感動の強さが効いてくる。
まだ、迷いのある人 or なにもない人には簡単だ。 儒教の真面目な学徒なら、向こうから染めてくださいと、口を開けて待ってるかもしれない。 ○○と言うことでやってみようと大義名分?を掲げて始めるわけだが、そこだけみると以前述べた「理念」と同じだ。 だた理念とは違う。理念は、試しにやってみるんだが、自分の既に築き上げた価値判断は放棄するわけじゃない。試して良さそうなら、突っ走れば良いし、ダメそうなら撤退するのが理念だ。
なんか違うぞ、とか、こんなことやってられない、とかという思いを捨てきれない、でもそこからは抜け出せない人は、はい、統合失調症になります。 これ、ホントはある意味人として正しい反応。 チャンスとばかりに、自分の内なる声にもっと真摯に耳を傾ければよいのに、間違えてそっち系の病院にでも行こうものなら、最初は鬱病と診断されて、処方された薬を飲んだが最後。タバコなんて比じゃない。強力な脳内に作用する薬物の影響で、脳が壊れて廃人の道を歩み始めることになる。
良い会社なら兎も角、そうじゃなければ、自分は出世しなくてこの程度で良いや、と判断をして、つまり、ちょいダメ社員を演じて、その洗脳の強要から逃れようとするのは暫し見られる大人の生き方だ。 でも、それを見逃してくれる企業は昨今少ない。 ブラックと呼ばれる企業はそんなこと考える暇もないくらい働かせる。 さもなくば、色々因縁をつけてリストラに追いやる。etc,.. 手はいくらでもある。

そんな世界で生き抜いて成功して来た人が、引退して軽井沢に来る。
すると、先に述べたオートポイエーシスを最早維持することはできない。 誰も褒めてくれない。 「俺は、ホントは偉いんだぞぉ!」と声にしたところで、軽井沢にはもっと偉い人大勢いますから。お金を使っている間は、チヤホヤしてくれますが。
昔の部下を呼びつけても、元の会社での影響力がなくなれば、疎まれる存在になる。 虚無感に包まれて、打ちひしがれて軽井沢を去る人も多い。 軽井沢的にはそれもOK。その物件は、不動産屋さんの新しい商品になります。
素の自分に気づいて戻れば良いだけの話なんですが、これはこれで、今までやってきたことの否定になる場合もあるので、大変だ。 年老いてから、人生をやり直すのは辛いし、年老いてから気づくなら、もっと若くして気づいて行動を起こしていると思う。

2014/11/13

企業戦士

さて、先日、我が家を訪問してくれたE夫妻が、飾ってある結婚式の写真を見つけて「この時はサラリーマンの顔をしている!」と。 はい、小さな会社でしたが企業戦士として闘ってましたから。 一度、胃をきってからが男は勝負、みたいな言われ方もしてた時代です。 胃は丈夫。代りに胆のうを摘出しそうになりましたが、治った。 下手すりゃ、都会に居を構えていながら、月曜に出社したら戻るのは金曜だった。 その後、アトピーを発症して、あいつは負け犬と呼ばれましたが、当時から私はそんな生き方は「違う」と思っていた。 なので昨日の私の言葉でいう「洗脳」状態ではなかった。 さりとて、その会社内での立場の発想もまったくできなかったわけでもない。 数字を残すのは必要ですが、これでも結構成績は良かった。 目標を下回ったことは一度もない。 まあそれでも、良い成績に対して「誇り」を感じたことはない。 バブル期とはいえ、そこそこ高給をもらっていたので、安堵感の方が強かった。 それよりも、自分の生活、生き方の方が大切だと思った。 なにより、自分一人ならこういう生き方を続けられたとしても、部下にそれを強いることはできない。他方で、大切にしたい嫁さんとの時間もあった。 つまり双方を統一することは、私にはできなかった。 且つ、統合失調症になる訳にも行かぬ。 で、結局会社を移って、気がついたら軽井沢に来ていた。
で、多分「家の中で犬を飼うストレス」ならぬ「企業内で飼いならされるストレス」からは開放された。今はネクタイをすることも少ない。 逆に、すると身が引き締まった感がして気持ち良い。おっとぉ。 今の会社が潰れちゃうんじゃないかというプレッシャーはさておき。 「嫁さんから飼いならされるストレス」は、良く分かりませんが、多分ない。 1つ、心当たりが在るといえば音楽を聞くときの音量だが、これは諦めた。 嫁さんが居ない時に大音量で聴いていると、犬も猫も、とっても迷惑!って顔しているし。 ヘッドフォンで聴けば済むことですが、忙しいのでそんなことしている暇はまだない。

「「洗脳」されている人にそう言っても受け入れられないでしょうね。」というのは私もそう思う。そりゃあ、そこから抜け出した本人しかわからない。 ループは閉じて完結しちゃってますから、気づき様がない。気づいていたら洗脳とは呼ばない。さりとて、気がつかないだけなら洗脳とは呼ばない。お馬鹿な人は気がつかない。例:俺様。 他者がその人の価値観でないものを、外から植え付ける事だ。 意図してやる場合もあるし、意図しないでやる場合もある。 なにせ、優等生は忖度するのが上手。明示的に洗脳する必要もない。 勝手に期待を自らに取り込んで、洗脳のループに陥る場合も多々ある。 こういう場合は、こうするのが無難ということで、単にノウハウとして身に付けるだけなら、洗脳とは呼ばない。例:一旦停止は、とりあえず停まったほうが良い。 別に捕まっても、ムカつくだけで恥じない。 本音をいえば、ちゃんと安全確認できていれば、停まらなくても良いと思う。
本音、他人には言わなく良いですから、自分に向かって本音を言ってみる。 上手くいえるかどうかが、多分、1つの指針になりそうな気がする。

で、数年前から、お遊びで畑をやることになった。
生類が同じ「こころ」をもっているどいころか、植物もすべての生命はおなじ「」を持っていることに気がついた。 仙人になるには、まだまだ先は遠いと思いますが(物欲大魔王なので私には無理だ)、保守の道は確実に歩んでいると思う。 生きている間にたどり着けるかはどうかは別にして。

2014/11/30

青春

TVといえば統合失調症もやってましたね。 これまた、違う、と思いつつ見てた。 なんだ、TV見てるじゃん、って、嫁さん、TV大好きですから、かけていれば私も観ちゃいます。
何度も言いますが、子供の頃は本人が望む望まないに拘わらず、多くの人格が親から、学校から、友達関係から、植え付けられる。 偶、それが本来の自分と合っていたらなら、問題はありませんが、合っているケースは稀だ。 合ってなくても体が成長していれば、特に大きな歪に直面することなく受け入れられる。 つまり、自分の中に本来の自分とは違う自分が形成されている訳だ。 なので、青春を迎えることは、大なり小なり、人は統合失調症だ。 特に真面目な人がヤバい。途中で、大人を信じなくなった奴は平気だ。 それに、純粋培養されていて、そのまま行っちゃう奴も居ないことはない。 以前、統合失調症だった私が言うんだから、間違いない。ってなんだそれ? それは兎も角、そういうのは「青春」すれば治る。 友とあーでもない、こーでもないと話している内に、自分がなんなのか気がつく。 何なのかは分からなくても、どう生きたいかは分かる。 そうしたら、後は簡単だ。そう生きれば良い。 なので、統合失調症は病気というより、生き方の問題であり、予め解はないので哲学に関係してくる。 それ「初期段階であれば薬でなおります」って、薬を飲ませて、おとなくさせるというのは違うと思うぞ。人格否定、ロボトミーと大差ない。 おまけにその薬が手放せなくなって別意味で薬物依存症になる。 そもそも、30も40にもなって、自分の生き方が見つかってないというのも問題だ。 そうなる前に、青年よ、もっと青春しろよ。 青春とは、夜中に原チャリを盗んだりすることじゃなくて、友と語らうことだ。 その世代って、勉強するほど暇じゃないと思うよ。ましてや合コンなんかで明け暮れている場合じゃない。 君らが今の世の中違う、と思うから、新し世の中が生まれてくる訳だ。 なにもしないで、統合失調症になるのは、全然違うと思うぞ。 今からでも遅くない。ちっとは頭つかって考えよう。 今ならネットもある訳で色々な情報が流れてる。 と私は思う。

2014/12/4

仕事上の人格

さて、私も仕事している訳で、収めた期間が短いので、まあ、あの年金の金額じゃあ、暮せません、 仕事している時は(仮に社会人の立場と呼ぼう)、私人とは違って、仕事上の人格を演じているのは間違いない。 しかし、仕事でそれが幾ら美味しい話しでも、私人としてこれは許せないよなあ、というのはやらない。 仕事に私情を持ち込むと失敗するパタンですが、仕事的にはあまり美味しくなくても、私人として応援したい案件なら、無闇に断ることはしない。 つまり、社会人としての私と私人としての私は、大きくは分離していない。 分離してないこどころか、うまく統合しようと試みている。 どうしても統合できない場合、つまり、究極の選択の場合は、迷わず「私人」を取る。
大した仕事してないから、そんなことが許されるんだよ。って、その通りです。
重要な仕事に就いている人は、多少お腹の調子が悪くても放り出すことは許されません。 他人事ながら、大変なのはよく分かります。 逆におうかがいしたいのですが、そういう場合、どうされているんでしょう?
多分、重要な仕事のその意義をきちんと理解していれば、かなり救われます。 そこから、自ずと何をやるべきか答えは導き出されます。 ですが「彼ら」はそんなに甘くない。 よく考えると大して重要でもない仕事でも、なんか良くわからないけれど、そこから逃げ出せない雰囲気を作ってきます。 例えば、あなたがその会社なりを辞めたとしよう。 そうしたらその会社、潰れるだろうか? ローンが残ったりして、嫁さんから酷い扱いをされて、あたなが大変になるのは兎も角、その会社、勿論影響はあるでしょうが、あなたの代りに誰かがその地位について、続く場合が殆どです。もしかしたら、もっと業績が良くなるかも知れません。 会社があなたとどれだけ相互浸透しているかにも因りますが、会社自体はオートポイエーシスなので、コーリン ・チャップマンが亡くなった後でも、暫くはチーム・ロータスは存続したように、直ぐには潰れない。 でも結局なくなってしまいましたが、チーム・ロータスはチャップマンに依存しすぎてましたし、継いだピーター・ウォーじゃちょっと荷が重かった。
チャップマンは兎も角、あなたも兎も角かもしれませんが、普通の人は辞めても会社は残る。早期退職者を募れば、出来る奴から辞めていくが、徐々に弱体化するにせよ、直ぐには潰れない。辞めてくれて良かったって社員もいるだろうが、冷静に判断すれば、まあ、その程度だ。
にも拘わらず、勤めている間は結構追い詰められて仕事している。 ブラック企業とか呼ばれる企業なんか分かりやすいですが、普通の大企業でも大差ないかもしれない。中小零細は、個人に依存するので、そいつが辞めるとモロ、会社もおしまいのケースは多々ある。 でも、中小零細は、体張ってやっている分、私人と社会人の乖離は少ない。
なので、そこそこの企業で、大した仕事もしてないのに、社会人と私人が統合されない儘になっている人は相当する居ると思う。 家族の為とか、無理やり大義を持ちだしても、家族からはうだつの上がらないお父さんはさんざんバカにされて、とっても辛い身分だと思う。 「俺って駄目な人間だなあ」と思える人は全然良い。「彼ら」は易易とはそう思う事さえ許してくれない。 そうすると、選択肢はどんどん狭まって、一番簡単なのは私情を捨てることだ。 他に解決方法がないまま、その状態、つまり統合されていない状態を続けると、統合失調症になる。統合失調症は診断が難しいので、手っ取り早くうつ病です、と診断されて薬を処方さて、めでたくうつ病ビジネス加入とあいなる。
統合失調症の落とし穴、罠はどこにでもある。
他方、私情を捨てられたとしても、めでたし、めでたしとは行かない。 捨てたとは言え、完全には捨てられないので、一般には大なり小なり変態の性癖が生じることが多い。 屈折して出てくる訳だ。ライヒも言ってたが、一回で充分満足するなら、それほど頻繁にHする必要はない。そんな気は起きないハズだ。 そういえば、道場ジェシカさんも、週に1度程度とのお話しでした。 ふ〜ん、満足しているんだ。 F1のサイトには、そんなことまで書いてあってびっくり!
うまく出世してそこそこまで行けたとしても、引退した後が大変だ。 多分、その頃にはもう家族の心は離れているし、暫くすると元在籍した会社への影響力も徐々になくなる。一人になると、私情を捨てた心は、行き先を見失う。
じゃあ、どうすりゃ良いのでしょうか? 私にもわかりません。 私は、小さな会社でしたが、辞めました。で、もっと小さな会社に勤めるようになりました。私情を捨てて、駆け上がっている人から見ると、負け犬と思います。

2015/2/4

ホンネ

2/3 くらいまで進んだ。 話題は少し明るくなってきた。
さて、どこからの立場でものを書くかで、同じことを書いても随分と書き方が違ってくる。 この著者は普通の人の立場と思う。上からでも下からでもない。 これ、大切な事と思う。

ある立場からの発言、ポジショントークというのでしょうか? できて越したことはないが、他方で「ホンネ」は常に存在させておく必要がある。 好き好んで人前に披露する必要はありませんが、見失ってはいけない。 これは、あちこちの立場の自分をまとめあげる紐帯のようなものだ。 統合させる、といったほうが良いかも知れない。 見失うと、文字通り統合失調症になる。
他人と話をするというのは、ホントはこの本音のぶつかり合いだ。 ポジショントークで対応するのは、窓口業務だ。 窓口でその係員の個人的な意見を聞きたい場合は殆どない。 要件を要領よく承ってくれれば良い。 のハズだったんだが、水商売をやっていた頃の話だ。毎日両替にかよっているうちに、両替担当のお姉さんがとても気になりだした。 そうなっちゃうと両替はバイトにゃ任せられない。私が行く。 で、はっきり言うと、綺麗な女性じゃない。ちんちくりんだし、乳も垂れている。って見たわけじゃありません。洋服の上からも分かる。 でもなあ、立ち振舞とうか、生きている彼女はとても輝いていた。 そうなっちゃうと、ポジショントークでかわされても、こっちは納得できんよなあ。 できん、できん。で、彼女はきっちり本音で対応してくれた。 ほら見ろ、素晴らしい女性だろう! あとで分かったことだが、その女性は私の友人の友達(同級生)の姉ちゃんだった。 東京、1千万人も居るのに、世の中狭くてびっくり。 で、その女性は神を信じるキリスト教徒だった。

2015/4/10

奪っておいて、与えたと書き直す

しかし、先日の奪っておきながら、与えたと書き換えちゃう件は書きました。 岩上氏も怒ってる!。 皆、呆れてますが、日本の景気はどれだけ下がっても、回復基調にあるという発表。 どれだけ不況になれば、認めんじゃい。 私は今朝知りましたが、今年の2月には、天下の読売が首相の中東歴訪は、 法人救出をかけたものだったという捏造記事を書いていたらしい。 これ書いた記者、生きるの嫌にならないかなあ。 猛々しい盗人がやるなら兎も角、これ日本の上の方の立派な方々の話だ。 オームのジョーユーさんの事、笑ってられません。 今、この国、おかしい。 日本語がいくら曖昧とはいえ、ここまでやるともう何がなんだか。 頭おかしい。 人工知能 HAL にこれ教えると、統合失調症になって「日本人撲滅」を計画するレベルと思うぞ。 ネットゲリラさんん、小規模民間援助と書かれてましたが、これ も異常だが比べると可愛く思えてくるから不思議。
まあ、お上はそうでも、庶民は今日も慎ましく、正直に生きる。

2015/4/25

ホンネと建前

その武田先生だ。愉快な話じゃないので、スルー願います。
理系故か、発想は似ているなあ、と思うことは多々ある。 とてもわかり易い。
でも、基本的スタンスは確実に違う。
先生は「理想を唱え、覇権を獲る」と言った。 上手いこと言うなあと関心する。 ニコニコしながら流暢な日本語で話しかけてくるのはCIAらしいが、 そんな奴らを信じると痛い目に遭う。 彼らは実はすこぶる狂暴。 彼らの本質を上手く言い当てている。 日本人の感覚からいうと、そんな悪い人が居るわけないと思うんだが、居るんだよ。 これを踏まえて、日本人は外交するなり付き合って行くべきだと先生は主張する。
私も最後を除くと同意する。そう思う。
簡単いいうと二重人格なんだが、実は二重人格という意味では本音と建前の日本人も負けては居ない。 人格が複数あるわけで、統合失調症になってもおかしくないんだが、それぞれの顔(人格)が許されている場があってそれぞれの間に某かつなげるものがあれば、そうそう破綻しない。つまり失調しない。
病気が発症するのは破綻したときだけだ。
その立場の人が「直ちに影響はありません」と嘘をつくとしよう。 その立場上、そういうしかなかったとしよう。 でも、ホントならそれを信じた人があとでひどい目に遭うのを知っているので心が咎めるハズですが、心が咎めるのは「自分も彼らと同じ人間だ」と思うからだ。 同じじゃなければ、オーストラリア人が狐狩りをするのとおなじ感覚でアボリジニ狩りをしたように、はたまたアメリカ人がインディアンを惨殺するような事が許されるというネットワークがつながる可能性がある。 一生懸命努力する子は、頑張らない子を蔑んで良い、人間のクズはひどい目に遭って良いというネットワークが心の中でできあがるように。 優越感が、それを支える。優れた自分には、他の人より幸せになる権利がる。優生思想につながる動きだ。そうは言っても、これ、そもそもは親の愛情を得るための、もしくは異性に気に入られるための自然な心の動きのように思う。
他方で、こういうネットワークに対して、あれ、なんか変だぞと想う機会もある。
今の君は、○○な立場な訳で、社会的に○○な役割を持つ。 だから、普通の人とは違う。だから今はこう言わなくてはならない。 と自分のポジショントークを自分で肯定することができる。 なので、立場人をやっている間はこころが咎めない。 ところが、こころが咎めるのは「個人」に戻った時だ。立場や社会的人格を脱ぎ捨てて、素の自分に戻った時だ。 素の自分に戻るとき、って普通は「家庭」を思い浮かべますが、これもそうじゃない。 良き夫や良き妻を演じる人がいるるように、そうやっちゃうと、これも職場や社会と同じく立場になってしまう。 それでも、個人を求めて愛人を作ってしまう場合もある。 ところが、そもそも「個人」を断つ方法がある。 ライヒが言う方法の1つは割礼だ。 有名な子供にかわいがっているペットを殺させる方法をも然りです。 思春期にもでなれば、恋愛させて引き裂くっても有効と思います。 こうやって、「個」が出てくるのを塞いでしまうわけです。 個がなくなる訳じゃない。思い出すには辛すぎる経験となって、一生抹消思い出せせない感情と封じ込めてしまうわけです。 残酷な事しますなあ。でもこれ、やるほうは「お前の為だ」とかマジに思っているわけです。その人もまた幼いときにそういう経験を経てきた大人です。 世の中を導くような人物になる為の試練です。 スーパーエリートになるんだから、このくらい平気さ。フェラーリーに乗るぞ!(って、それ大したエリートじゃない)
なので、こういう人の世界観が日本人と合うわけない。
日本人には想像も着かない世界だ。 ここまでは多少表現方法は違うは私も武田先生に同意する。 そんな日本人もエラくなって彼らと接するようになると、そんな世界を垣間見ることになる。若手の有望な官僚はハーバードに留学してガツンと殺られれて戻ってくる。 「彼奴等には到底敵わない」と思い知らされる。 武士の心を忘れて、忍者の DNA を受け継いでいることも忘れてしまう。
ところが、理系の人はそう簡単には殺られない。
なぜなら、実証してみせることが出来るからだ。 自然を見方にできる。
それは似非右翼みたいな空威張りじゃない。確信に満ちたものだ。
で、武田先生はそういう彼らと心して接し無くてはならないと説く。
そうしないと、日本人もインディアンやアボリジニのように殲滅されかねない。 ところが、 理系でも「自然」の凄さ、深さをもっと知ってしまった人は、彼らの神がなにを言おうか知ったこっちゃない。 そんな事は長続きしないことを理解する。 今までは、人間が持っている能力が地球とくらべて小さかったのでまだやり過ごせて来られましたが、これからはそうじゃない。 上手くゆくとしたら、自然と調和する以外ない。 殺せるものなら殺してみなさい。私は死んでも、それで彼らが天下を取れる訳じゃない。 10億人にまで減らすなら減らしてみなさい。で、10倍の期間生きながらえたとしても、それだけの話だ。
それには、正攻法で王道を歩むしかない。
それには、彼らも含めて、こっちがわに引き寄せる必要がある。 彼らの手法に合わせつつやり込めることでもない。 ましてや、排除じゃない。 上手くゆくとしたら、再生可能な状態の持ち込む以外にない。 最近のTVには外人が多く出演してますが、完全に勘違いしちゃって浮かれているその姿をみると、可哀想になる時がある。 日本を理解してないマッカーサーは日本人を12歳と形容したが、12歳になってもまだ立派な大人になりきれていないと悩んでいる日本人から見れば、だったらそれ、勘違いした小学低学年がそのまま大人になってしまったようなものだ。 日本のここが凄いって、違う、そんなとこ全然凄くない。 もっともっと凄い人類の宝が日本にはある。 もっと心を沈めて穏やかな気持ちに自分を持っていかないと、お前、そんな状態じゃ何も見えんだろう? ガンジーみたいだなぁ、でもガンジーには具体的なビジョンがあったのだろうか? 私は、今こそ、日本の保守が目覚めるときだと思う。 眠っているDNAのスイッチをONにする時がそこまで近づいていると思う。
と、勢いで言ってみたものの、日本の保守ってなんだ?

2015/6/29

さて、ギリシャでは銀行業務が既に停止し始めているようです。 一体、どうなってしまうのでしょうか?
既に預金をおろせた人は、ベンツを買っちゃって、外国に行くならそれで行って、現金に返る算段をしているらしい。
デフォルトしたとして、人によってはなんてことないという人もいれば、リーマンショックを超えるという人も居ます。どうなってしまうのでしょうか? 一度、IMF が入るとエライことになる。その実態がバレてますから、アルゼンチンもそうですが、居直りますよね。
誰かが言ってましたが、IMF が入るということは、いっぱいあるサラ金の借金をもっと金利の高い高利貸しから一括して借りて返すようなもので、国が救われるどころかもっと酷くなる。 昔なら家屋敷田畑みんな持っていかれるところですが、今ならその国の美味しいところが全部外国資本になるってことだ。 お隣の儒教の国を観リャ分かるが、その国の国民は合法的に奴隷のように働かされるんだが、儲けはみんな外資に持っていかれる。
日本のプロパガンダメディアに汚染されている人の間では、働かないギリシャ人が悪いとう論調が多いですが、こういう人は日本での田舎は都会のお荷物とか思っている人が多い。 一言でいうと、劣った人はどんな酷い目にあっても仕方ないという優れ主義に侵されている。 あなたの言葉でいう、劣った人も、彼らも人間。どうにかして生きていかなければならないのに、どー生きろというんだろう? 私は、もう、21世紀にもなって、これだけ必死こいて働いても貧しいってのは可怪しいと思う。 別に贅沢したいって言ってる訳じゃない。 均等に分ければ、もっと皆が普通に暮らせるようになると思うぞ。 どこかで、格差社会を冗長したり、固定化するるようなシステムが機能しているからだ。 私はこういう国が居直るのは当然の権利だと思うしむしろ健康な発想だと思う。
拠り所がなくて、デフォルトを行えば、当然「彼ら」の国際社会からは孤立するかもしれませんが、どっこいロシアが居る。 ウクライナルートの代りにギリシャルートのパイプラインルートの設置を呼びかけている。 虐めすぎるとそっち行っちゃいますよね。 またしてもロシアだ。「彼ら」にしたら、閣下が邪魔で邪魔で仕方がないのが良く分かる。
そもそも「彼ら」には「和」という発想がない。普通が一番良いのに、あるのは支配者か奴隷だ。成功しなければ「敗者」だ。根本から間違っている。
かといえば、片や、米国のスーパリッチは本国を捨てて第3国に逃げているという噂が。 第一報が例にジョーンズだったのでガセか? と思ったのですが、その後別の2つのサイトでも観た。本当か? 311フクシマの時もそうですが、彼らには彼らのネットワークがあって、軽井沢からも一斉に逃げてました。気がついたら逃げてた。 この噂が本当だとすると、なんか、情報が駆け巡ったんだと思う。 発想がTPPと同じで、彼らはとっくに国境を超えている。別に米国でなくても全然OKなんで、米国の状況が悪くなればそりゃあ逃げるのは分かるが、さて、一体アメリかで何が起きているんでしょうか? ちょっと気になる。
ま、NHK を観て真に受けるのは、B層だけのようです。

私は将来、社会主義的な国にならざるを得ないと思う。
既に、日本は税金だけでは賄いきれず、国債を発行して国を回してます。 米国もそうだ。 これ、資本主義、もしくは今の中央銀行制度の元でやろうとするからおかしなことになる。 「彼ら」だけに益々富が集中する。 もうこれ破綻していると思うぞ。 これ、無理やり財政を黒字にしたらとんでもないことになる。

2015/7/31

2種類の人

○○さんが言うように、確かに、人には2種類いるような気がする。
1つは、自分の頭で考えて行動する人だ。 所詮、個人なんかいくら優れようが大したことはない(と言っても、凄い奴は凄いんですが)。 ましてや、普通の人の「お頭」は、間違えることも多い。 ですが、なにせ、その「お頭」を使って考えて行動しているので、その人を説得するの簡単。当人を説得すれば済む。 こちらにしっかりとしたものがあるならそれをぶつければ良い。 「そうは思わない」となっても、その根拠を言ってもらって、そこを突き崩せば良い。 対話が成り立つ。それはリベートとは質的に違って、人と人、魂と魂のぶつかり合いである。 姑息な作戦なんか不要で、ぶつかればよい。 議論とかいういよりは「出会い」と呼んだ方がしっくりくる。
こういう人は、見た目は変で異常でも、実際に接すると、極普通の人であることが多い。
それが分かると、その人らしいな、と思えるようになる。

他方の種類の人達は、確かに、自分の頭で考えて行動していない。
と言っても、まるっきり、自分の頭で考えて行動していない訳じゃない。 当人にしてみれば、良かれと思ってやっているわけです。 十分自分の頭で考えている。 例えば、....
ところが、突っ込まれるとその根拠は直ぐに自分を離れる。 常識であったり、正義であったり、法律であったり、その人が属している組織の「空気」の影響も大きい。
例えば「それは常識でしょう」等と、この場合はこう、あの場合はああ、と、それらが、きちんとケース分け、分類してあって、外から見ていると「統合失調症」を起こしそうなくらい分裂していても、当人は意外に平気だ。 よく言えば、「より高次のレベル」で統一がとれていると表現できるのかも知れませんが、その「より高次のレベル」がなんなのか、私には皆目見当もつかない。
見当もつかなんだが、少し考えてみる。

例えば、前者の自分頭の種類の人なら、それが常識であったとしても、その常識を受け入れるかどうかは自分で決める。今日の常識は明日の非常識かも知れない。 なので「それは常識でしょう?」などという返答はしない。 それで返答になっていると判断するということは、後者にしてみると、それはつまり、常識 ≒ 受け入れるべきもの ≒ 覆せないもの という関係が成り立っているように見える。 「それは常識でしょう」と言う人、全部が全部嘘つきとは思えない。 ということは、自分自身に対しても、常識 ≒ 受け入れるべきもの ≒ 覆せないもの という関係が有効だからこそ、他人に対してもそれが有効だとおもい、そう返答するのだと想像されます。 疑念をもたず受け入れるべきもの、つまり、水戸黄門のご印籠だ。 そこで思考が停止する。 つまり、自分の頭で考えることよりも、人それぞれですが、自分とは違う某か権威を信じている。 そうい意味で後者を「権威主義」と呼ぶのはそれほど間違っていないようにも思える。 因って、そういう人を説得するにはその権威を変えるか、その権威より重い権威を持ち出すか、。。。 いずれにせよ、当事者がそこに居ないので面倒な事になる。

実は、前者も全部が全部自分の頭で考えている訳でもない。 まあ、大なり小なり、某かは前提にして途中から理論を組みてているのは間違いない。 ですが、そこに絶対的な権威は持たせてない。 うっかり、信じこんでしまったものが存在したとしても、そこ突かれると、直ぐにそこには大した根拠がないことは自覚する。 姿形は異様でも、実際に接するとずっとリベラルだ。 プライベートでも裏表がなくて変わってて楽しかったりするが、そんな変なことはやってない。
それに対して、後者の人達は、常識なり、空気でも構いませんが、権威を共有しながら喋っている限り、話が直ぐに見える。 極めて普通の人に見える。 ところが、権威を共有しない人に対しては、非常に冷たい。 権威を共有してないと分かると、急変する。 こういう人にとって、前者には権威は通じませんから、ちょっと厄介な人達だ。というのは良く分かる。恐れるに足らず、実際はそうでもないのですが。 私個人は、どちらかとういと前者のような気がするが、さほど自分の頭で考えてるというほどでもない。でも、後者の普通の人からみても、分かりやすいみたいで、 誤解かもしれませんが、そんなに酷い目にあったことはない。 しかし、私が理解できるもっと前者な人に対して、全く理解が無かったりする様を良く目にする。 私も一部に人からは強い誤解を受ける場合があるので、程度の差かも知れませんが。 それに、その権威に従えば、当然評価される人とそうでない人とで差がでるわけで「その差は当然でしょ」って、なるのも良く理解できる。 若い時は気になりませんでしたが、歳をとるとこの「毒気」がよく見える。 TVのアナウンサーとか、ニコニコしながら放送してますが、最近はその毒気が化粧では隠せなくなってきている。 こういう人は、権威に従っているので一見するとずっと普通で分かりやすいのですが、プライベートになると、想像を越えた意外な趣味をお持ちだったりする。 お、全然普通じゃないじゃん。

前者と後者は他でもかなり違う。
前者は強くても緩い信頼関係で結ばれてますが、つるむことは少ない。 前者と比べると、後者はずっと強く結束されている。 それを支持する人がいなくなれば、権威もなくなるので、権威が存在するということと、それを支持する人が居るということは同じことを言ってるにすぎないんですが、 全く効能がなければ、そんな権威を信じる意味もない訳で、信じているってことは効能があるってことだ。と思って、参加する人が多くなると、効能もより確実になる。
なるんだが、 もし、某かホントに価値のあるものが在っとしても、それ理解できる人が居なければその価値は理解されませんが、理解されないだけでその価値が下がったりなくなったりする訳じゃない。 ところが、権威はそれを持ち上げる人がいなくなれば自然に消滅する場合も多い。 私が思う権威の正しい使い方は、世の中の多くの人は専門外の事も多い。 誰だか、きちんと分かっている人がそこで権威付けして、他の普通の人はそれを使うんだと思う。 よく分かってない人も、ひとまず信じて大丈夫。それが「権威」だ。 ですが、作ってしまうとオートポイエーシスが成り立って、ひとり歩きする。 それを知って、良くない輩も利用する。なにもないところから権威を作り上げることも多い。権威には嘘も交じる。
もし、後者が拠り所にする権威もそれが正しければ、前者も多少時間がかかっても同じ結論に到る訳で全く問題は生じないハズだ。 ところが昨今「怪しい権威」が多すぎる。

こんなことを言ってなあ、都会じゃ実感湧かないかも。軽井沢じゃあ別だ。
大企業で出世した人が引退して軽井沢に移住してくる。
それがどこまで及ぶのか分かりませんが、彼が属した企業では「権威」だったに違いない。ところが、軽井沢は別天地。上には上がいる。 自分の権威を後押ししてくれる部下も居ない。 多少の権威を見せびらかそうが「はあ?」と言われてその虚勢は虚しく響くだけ。 さりとて軽井沢の人、皆が皆、上でいう前者だといういのではない。 軽井沢も例に漏れず、後者が多い。でも、軽井沢には、色々な権威があるってことだ。 都会ほど一様じゃない。 自分が拠り所にしている権威が全く効かない場合がある。 そんなものを拠り所にしていない人にはダメージありませんが、そうじゃない(つまり、拠り所にしている)人には結構辛いみたいだ。 軽井沢だと、まだ、お金持ちでどんどん使っている間は、多少権威を振りかざしても、それなりにペコペコしてくれますが、そうじゃなくなるとスルーされてしまいます。

軽井沢でもこんな感じなので、世界にでるとまた違うと思う。
日本で威張っていてもなあ、ナンボのもんじゃ。 夏目漱石なんか、イギリス留学で引き篭もりになったみたいに。 自分の拠り所の権威が効かないとき、前者の人ならもっと自分の頭で考える。 言葉上はどうであれ、哲学するしかない。 見ていると、後者はもっと重い権威を探すようだ。 軽井沢なら軽井沢で通用する権威、世界の○○ならそこで通用する権威を探す訳だ。 で、結果、権威を幾つも所有することになる。
また、場合分けが1つ増える。 よくこれで統合失調症にならんなあ、と不思議に思う。 そのプライベートの変な趣味は、実は症状の1つだと考えると妙に納得行く。 それより、発症していないということは、「高次の統一原理」があるハズなんだが、そっちの方が不思議だ。どんな原理を持ってくるんだろう? それに、一番、重い権威ってなんだ? 私には想像もつきませんが。
ただ、インテリ宮沢さんがハマコーに汲々とやり込められていた姿を見ると、優等生は力づくの権威には弱いようだ。 確かに、暴力ふるう奴、怖いのは怖いけれどね。

2015/8/12

飯山爺が、『日本人劣化の三大要因』は、日本人特有の「諦観」と、日本社会特有の「同調圧力」と、メディアによる「刷り込み(洗脳)」だと言った。 諦観と同調圧力は、日本人なら誰しも心当たりあるモノだと思う。 それ自体で悪いということはなく、良く出れば、美徳になるかもしれないものだ。 ところが、メディアによる刷り込みは、特に目に余るものがある。 ジャーナリズムの定義からすれば犯罪モノですが、 民を正しく導くのは自分たちだという優越感からすると当然の行為になるのは理解できる。というわけで、ここでも「優れ主義」が顔を出す。
優れた人になって社会の為に役立つ人になりたいというのは分からなくもないが、世の中そんなに甘くない。 ホントに優れてなければ、そうそう上手くいかない。 無理して、社会の重要な位置、ポジションをゲットしても、迷惑をかけるだけだ。 身の程を知り、あまり無理せずとも、そこそこお役に立てる職業に着いたほうが良い。
無理して優れた人は「単に自然体で優れている」力の抜けた状態じゃなくて「優れてなくてはならない」と力の入った状態になって、それが得てして「自分は優れているんだから」と逆転する。
こうなってしまえば、利用する方にしてみれば簡単だ。 それが功名心となって現れていればそこをくすぐれば良いし、お金持ちになりたいという現れなら、それなりの報酬をぶら下げればよい。 そうして知らず知らずのうちに、「向こう側」の手羽先に落ちぶれてしまう。
考えても見給え。自然体で優れている人の考えを変えさせるのは大変だよ。 それこそ魂と魂のぶつかり合いが必要になる。こちらにそれなりものもがなければ、無理だ。 なので「彼ら」はそういう場合、強硬手段に出る。
他方、「諦観」にもちょろっと「優れ主義」が入り込んでは居ないか知らん? と思う、今日このごろ。
やってみなければ、実際はどうなるか分からないのに、やる前から先を読んで無駄だと思う。 でもね、実際の世の中は刻一刻と変わってますよ。特にネットが出現したからの変化はそれまでとは比べ物にならない。 それにやり方は、1つじゃない。 進化をみれば一目瞭然だ。 空を飛ぶにも、鶏さんは本来は体温調節用の羽で飛んだが、コウモリさんは指の間の水かきで飛んだ。で、ムササビ君は、脇の無駄な皮を広げて飛ぶ。 無駄な脂肪はなんかに使えないか知らん? 後からみれば、成程ね、と思うことも、最初は適応外適応だ。 畏まって、何かを始めるんじゃなくて、最初はみんなニッチだ。
諦観ありきでなにもしないのではなくて、なんか動いてみませんか?
遠目でみればいまはまだ大差なくても、深層流は確実に変わってきている気がします。

2015/9/18

二重思考

さて、私がこの日記で、一人の個人の中にどう見ても違う複数の人格が存在して、なんで統合失調症を発症しないで、平気でいられるんだろう? と何度か話題にしました。 今日は虫の居所がわるくて怒りっぽいとかそういうレベルの話じゃない。 特に都会の優等生がそうです。これ、気が付き始めると凄く気になる。
今回の例でいうと、今回の一連の騒動もアメリカの一部勢力からの要請ですが、それ知っているなら、日本も一応主権国家な訳で、フツー可怪しいと思うだろうと思うんですが、知っていても平気なんですよね。
そうしたら、この現象、とっくに名前がついてました。 二重思考というらしい。
なんだ、変だと思うのはオイラだけじゃなかったんだ。
飼い慣らすために植え付けるらしい。 二重どころか、幾重にも折り重なってます。
普通の多くの日本人は、本音と建前で分けている。
1本、大きな溝をつくって身を隠す。 向こう側、世の中の事柄は矛盾だらけなので、見ざる聞かざる言わざるなんだが、それとは別にホントの自分が居る。取り敢えず本音の部分で辻褄があっていれば、その向こう側は幾ら矛盾しようが、全く気にしない。世の中でしっかり自分の居場所を確保して稼ぐには、それなりのノウハウを得て対応する。ホントはやりたくないこともヤルんですが、ま、世の中はそういうものだ。という本音のもと、ホントの自分はそこから距離を置いて安全な場所に隠しておく。社会では「素」の自分なんか出さない。築き上げた社会的人格で勝負だ。
なぜこんなことができるのかとと言うと、日本人固有のコヒーレント思考が影響している。今は矛盾していても、多分そのうち、悟るだろうと。 死の床について最後の最後には「良い人生だった」と振り返れるだろうと先送りするからだ。
普通の人は一生懸命仕事するだけなので、大して酷いことはしない。 「あの娘の気持ちを踏みにじっちゃって、可哀想なことをしたなあ」程度で済めばまだ良い。ほろ苦い思い出が残るだけだ。 ところが、社会的権力を持ち偉くなると、判断によっては大勢が多大な影響を受けるようになる。下手すりゃ生き死にに関係するような大事になる。
なので、エライ人にはなりたくない、と思うのは日本人の自然な心の流れだ。 ここに日本人の致命的になりそうなくらいの弱点がある。 そこ、アイツラに付け込まれる。
平時はこれでよいかも知れません。 ところが、ところがだよ、今は平時じゃない。
つづく

2015/10/2

CO2 増加/異常気象に対しても色々な意見がある。
CO2 は実際多少増えている。異常気象に関しては意見が別れますが、増えていると言われれば増えているような気もする。仮に増えているとして、これら2つの事実を認めたとしても、意見は分かれる。
ある人は言う。
1.化石燃料消費 → CO2増加 → 温暖化/異常気象原発推進
これが典型的な原発推進派の論理の組み立てだ。
別の人は言う。
2.原発運転 → 海水温上昇 → 異常気象原発停止
            → 海水から CO2 溶け出す → CO2増加

原発の扱いに関しては、結果は真逆になる。
どちらがより現実に近いか? 全く違う事が起きている可能性もありますが、まあ、これらは、所詮理系の問題だから多少調べれば白黒付けられそうだ。
人間が何を望もうが、そんな事とは無関係にその意味では冷徹な自然が先ず在る。
その事は認める必要がある。
社会的な問題として、原発がどうあるべきかという問題はこんな単純な論理では片付かないかもしれない。理系の頭じゃ理解できんかも知れん。 でもな、理系の事実が変わるわけじゃない。 大自然に対して、謙虚であるのが理系の人だと思う。それが理系の人の良心だ。
思うんだが、ところが、最近は先ず結果ありきで、その為には理系の事実まで捻じ曲げようとする動きがある。捻じ曲げようったって、曲がりませんがな。 曲がらないものを無理に曲げるので、結果、理系の人が曲がってしまう。

壊れるのはなにも理系の人ばかりじゃない。
市民の安全を守ろうと、お巡りさんになったとしても、現実は違う。
子どもたちを教えようと思って、先生になっても現実は違う。
人々を病気から救おうとおもってお医者さんになる。でも、現実は違う。
真実を伝えようとジャーナリストを志す。でも、現実は違う。
世の中を良くしようとおもって政治家を目指す。でも、現実は違う。
二重思考になれて、それっぽくやれれば大丈夫かもしれませんが、純真な人は人ほど壊れる。


2015/10/8

ダブルスピーク

便利なのでそのまま使ってしまいますが、肝心なのは 二重思考の人が己の矛盾に気がつくことだ。
二重思考を建前と本音、もしくはポジショントークのように単純に捉えてしまうと、二重思考の本質を見誤ることになりそうな気がする。 建前と本音、もしくはポジショントークをきちんと使わけできるひとは、 ここでは二重思考者と呼ぶ事にしましょう、 本音と建前、もしくは立場毎の思考が複数存在してますが、そこでは分裂していない。 なので統合失調症は発症しない。
ことをやり終えてから「君、こんな商売してちゃダメだよ」と説教するオヤジとか、普通に考えれば、そんなことするなよ、と思いますが、本人の中では矛盾してない。 もっと普通の例で言うと、愛しているのに優しく出来ない人とかもそうです。 よく居ますよね。
逆に、建前と本音、もしくはポジショントークが上手く使い分けられずに、ちょっと可笑しくなっている人は、統合失調症的症状を見せるようになります。 最近だと、マトリクス中で覚醒し始めて、心が壊れてしまうブロガーさんもそうだ。 かくも世の中がこんなに酷いのかと、それを受け入れられなくなる。
二重思考を支配のツールと考えると、 先の建前と本音、もしくはポジショントークをきちんと使わけできる人の方がずっと上手く行ってる。 後者は上手く行ってないって事だ。
上手く行っている場合、彼は自分でやっていることが正しいと思いつつ、支配の構造の中に適応してその位置、総理大臣でも銀行のお姉さんの派遣社員でも良いですが、を確立する。

詳しく見てみると、統合失調症を発症しそうになっている人が建前と本音、もしくはポジショントークをやらないというわけではない。 それよりも、それをやる自分が許せなくなって来ているように見える。 そういう意味では、本音と建前で考えても思考は2つではなくて、それを許せない思考も追加して3つある事になる。 それに対して、二重思考が平気な人は、そういう自分を許している。 というか、チェックする自分が居ない。居なければ、確かに楽ちんだ。 もう少し正確に言うと、二重思考の人には二重どころか三重、四重かもしれませんが、いくつもある思考を統一しようとする思考がない。 むしろ多重思考と呼ぶべきか? 言葉はともかく、統合失調症を起こしそうになっている人には、統合しようとして統合できずに壊れそうになっている思考が少なくとも1つある。
多重思考者は、もしかしたら、完全にお馬鹿なのかも知れない。
自分が矛盾した思考を複数有している事に気がつかない、というお馬鹿だ。 ○○を見ているとそうかも知れないと思うが、これだけ多くの人がそれ、やっているところをみると、共通の某か普遍的な原理が働いていると考える方が自然だ。

話は逸れますが、コンピュータ関連の人で多いような気がしますが、ハウツーだけで満足してしまう人がいます。そういう人はなぜそれで良いのか? その先を問わない。 真面目なドイツ人はそれを問うたので、最初のころはコンピューターソフトの分野では随分遅れを取ったといいます。脳天気で深く考えない人が多いアメリカで、コンピュータソフトは発展しました。 コンピューターソフトに関して言うなら、もはやアメリカ人でも理解?不可能な程複雑になってきて、今はインド人の時代といいます。
ある正しいハウツーがあったとして、どうしてそれで良いのか、その原理を問うとすると、その理解は一気に深まらざるを得なくなる方向に向きます。そんなことを理解しようがしまいが、そのハウツーに関する効果は一先ず一緒で、費やした時間を考えると、深く考えないほうがずっと目先の効率は良い。 ハウツーだけを集めて居る人は、二重思考者と同じで、ずっと上手く現代に適用できているかも知れませんが、統一されていない知識の断片を山程抱えることになります。 他方でこういう人が、全然知識が深まらないとうい訳でもありません。 なぜなら、その辺りで誰でも疑問に思うような事は、それはそれで1つのノウハウと同じように、○○は□□だから、と既に答えが用意されており、こちらで成功している人は多少の事では綻ばないようんいなっている。
国会を見ていても、矛盾を突かれて答えようがなくて四苦八苦している○谷さんは結構普通で、答えにもなってないことを確信をもって答えるアビーの方がずっと二重思考者です。

1つ言えるのは、二重思考ができるひとは強くデコヒーレントしている。
例のソクラテスの例で説明しましょう。
1.ソクラテスは人間である。とデコヒーレントさせましょう。
2.他方で人間は全て死ぬとデコヒーレントさせましょう。
この2つのデコヒーレントから、ソクラテスは死ぬを演繹するとしよう。
二重思考者は多分こそでなにも疑問をもたない。
ところが、普通ならデコヒーレントさせたとしても滲みだしてそこに収まらないものがある。なんかもやもやしたものが残る。
ソクラテスは人間である。でもなあ、...となる。 ... には、ソクラテスは普通の人というよりは、凄いじゃちゃんだよなあ。 紀元前の人をこの私でさえ知っている訳で、グラスの底にもなった。 他方、確かに死は平等に訪れますから、人は遅かれ早けれそのうち皆死にます。 あえて言うほどのものでもない。 でもなあ、... 死ぬってなんだ? とか、考え始めると思考は色々広がろうとする。 そもそも、なんでこの例ではソクラテスなんだ? という疑問が浮かぶかも知れない。
疑問を浮かばさないで、本来はつながってないんですが、つながっているように見せて、自分の優位な方向に導く技法として、ダブルスピーク ってもあるらしい。

なにも疑問をもたない、というところに着目すると、
例えばある価値観がその人にあって、それに基いて他人を判断するとする。 その結果にまるっきり疑問を抱かないとしたら、彼は二重思考者かも知れない。 例えば、右と左に分けて人を判断する。お金持ちと貧乏人で分けて、人を観る。 優秀な人とそうでない人と分けて、人を観る。 オマーリさんなら、犯罪者かどうかで観るかも知れない。 成り上がろうとしている人なら、自分に役立つ人かどうかで観るだろう。 例えば、私は私自身をフツーと思ってますが、右からは左と言われて、左からは右と言われます。住んでいるのは軽井沢ですが、お金持ちでない。どちらかというと貧乏。 優秀でもないし、あるところでは非常に劣っている。 別に犯罪は起こしてませんが、なんの取り柄もないので、非常にぞんざいに扱われることもありますが、そういう彼らは多分、二重思考者。 そういう無慈悲な価値判断を押し付けてくる人は、私にはこの程度ですが、違う人にはもっと酷い仕打ちをしているに違いない。 逆に、自分に役立つと思えば、オベッカイをつかっても取り入ろうとするかも知れない。
もし、この人は○○だ、と思ったとしても、強くデコヒーレントしてなければ、この人は○○なんだけど、...と繋がるものがあるに違いない。 例えば、コイツにも家に帰れば、待っている家族があるんだよなあ、とか、 一言で行ってしまうと「同じ人間なんだけど」ってのが続く。 美人もうんこする。 滲み出てくる。 続かないで、○○だ! と言い切ってしまうには、結果として強くデコヒーレントしていることが分かる。

デコヒーレントは自然に起きる場合と、迫られて起こさざるを得ない場合がある。
後者の例は、複数の女性と付き合っていた金持ちの息子が、そろそろ身を固めろと親にせまられて、誰か一人にする場合をかんがえると分かりやすい。 早い話、どの女性もストンと「この女性だ!」と思える人じゃないんだと思う。 思えたら、自然に自発的にデコヒーレントするハズだ。
どれもイマイチ(失礼、これ私じゃなくて、金持ちの息子ですから)な中から、一人を選ぶ。すると、心の中のもう一人の自分が「止せ、その女と結婚しても楽しくないぞ。それより、あの娘はどーすんだ?」と囁く。 もし、その声に耳を傾けたとしたら、その後の展開はかなり変わってくる可能性がある。
ところが、そうはならない。「お前が有名大学を出させてもらって、今の地位にいるのは、親の会社を継ぐためじゃないのか?」と別の声が囁く。 このストーリーでは、これまでの彼の生き様と整合性が採れる。 「これまでの努力はなんだったんだ。お前は無にする気か?」と追い打ちをかける。 ホントに努力したかどうかはさておき、滲みでた声に耳を傾けると、もしかすると、彼のそれまでの人生をどんでん返しする危険性がある。 歳をとってからそれやられると本人も大変だが、何より周りが迷惑するので、やるなら若いうちが良い。
二重思考は支配の構造と述べた。
支配する側からすると、途中で異を唱えられるのは避けたい。 これまで想定通りに機能してくれてた奴が、急にそれまでの彼とは違う行動を取り始めるってのは、それは裏切りだ。 この場合は簡単で、純愛に目覚めそうになった息子を我に返らせる為に例えば刺客を放つ。 その刺客が良い人をぶって、その女性に近づき、隙をみて無理やり肉体関係を結ぶ。 そうしておいてから父親は息子に言う。「女性なんて、お前が好きなんじゃんなくて、お前の財力が好きなんだ。それが証拠にその娘だって、他の男と付き合っている。自分の目で確かめろ!」と。 かくして、バカ息子は傷つき、決して女性の純愛を信じなくなる。 パニックを起こした息子の耳元で「お前は、私の後を継ぐしかない」と囁やけば、その子は容易に洗脳される。 どうして良いかわからない状態、パニック状態に陥らせて、こちらに都合の良い方向へ導く方法は、一般的にはショック・ドクトリンと呼ばれて、とてもポピュラーな方法です。
以前、KO大学の学祭でAKBがきて、酷いやじがかけられて話題になってましたが、AKBの実態はともかく、KOの学生さんは、そういう教育をされていると思えば、十分納得が行く現象です。
息子が万が一間違えて、純愛を採ったなら、純愛じゃなくてもなんでも良いのですが、滲みだした心の声に耳を傾けるなら、芋づる式に色々なものが反乱を起こし始める可能性がある。支配者側にしてみれば非常に具合が悪い由々しき事態に陥る。
どっこい、そうはならない1つの原因は、傷つき具合程度に依る。 そもそも、それを正面から受け止められるなら傷つかない。 傷ついたものを、無理やり表に引き出すと、心が壊れる。 心はそれを知っているので、決して面と向かって意識化されることはない。
つづく。。。

2016/10/14

お昼のワイドショーでシリア問題をやっていた。 アメリカとロシアの話だ。 へ〜っ、と思って見てたら、その説明で、アメリカはシリア政府を転覆させたいわけです。って、それ、思いっきり犯罪ですから。 それ、サラッと言ったからといって犯罪じゃなくなる分けじゃないです。 TVの人、どーかしている。 普通に考えれば、選挙で選ばれた正式な政府から要請があってでかけているロシアの方に大義があるのが当たり前なのに、アメリカは何でも善、ロシアは悪で固まっている。 好き嫌いはあるだろうが、それ以前の問題だ。 一人が勝手にそういうならまだしも、それに誰も反論しない。 これみて、真に受けるというか、判断力が麻痺してしまう人も多いんだと思う。 二重思考どころの話じゃない。 人間、ここまで劣化するんだぁ。人間不信になりそう。 酷いのを通り越して、怖い世の中になってしまったものだ。
イラクもやられたし、リビアもヤラれた。最近ではウクライナだ。 日本だって影では相当ヤラれている。この先、一体どうなってしまうんだろう。。
この先はともかく、1つ強調しておきたい事がある。
アメリカを擁護する人は、現在のアサド政権を正当な選挙で選ばれた政府だと思ってない節がある。 もしもアサドというならず者によって支配されている国なら、そりゃあ世界がシリア国民を援助しなければという風に論理を接続出来なくもないが、それは間違っている。 他の国に迷惑かけているならともかく、そうでないなら、シリアも主権国家なわけで、シリア国民、彼らが自らなんとかすべき問題だ。 そうでなくて、はっきり言うと、アメリカを擁護する側の人には、自分たちが優れていて、シリアが劣っているという優れ主義が見える。 '70年代に流行った言葉で言うと「偏見」だ。 優れが人が優れた功績をあげて、それなりの評価を得るというのと優れ主義は違う。 前者は当たり前。優れ主義はそうではなくて、優れた者はなにやっても良い、というものだ。例え弱者の人権を踏みにじろうが問題ないという思想だ。 「優れた人」を「偉い人」に、置き換えても良い。 「強い奴」に置き換えた方がもっと分かりやすいかも知れない。 逆に自分より優れている奴には従うしかないと思う。 この思想に侵されると、上にはペコペコ何も言えず、下には当り散らす面倒な人になります。 本当に優れている人は、優れ主義に陥りません。 大して優れてない奴が、無理するらかそういう事に陥る。 いわゆる「優等生タイプ」に多い。 自分でも理解できないことを無理に受け入れるからそうなる。
そういう流れでみると、日本が対米従属するのは当然の帰結になる。

2016/10/15

私も知っているある若い女性ですが、先日まで勤めていた。
そこ、○○○(誰もが知っている日本の大企業)の子会社だか関連企業ですが話を聞く限りそうとうブラック。終電で帰宅するという状況が続き、その会社を辞めた。 彼女、今はフリーランスで仕事してますが、それだけだと心もとない。 なので、再就職しようとして幾つか面接を受けたんだが、面接を受けた日は戻ってから気持ち悪くなってゲロしちゃうようだ。 辛い思いをしたんですねぇ。 PTSD ならぬ、嫌な過去が蘇って、気持ち悪くなるんだと思う。私はある意味正しい反応のようか気がする。 その業界、一見、持て囃されてますが、どこもブラックですから。
ブラックな企業でなくても、一般的に仕事に心情を持ち込むと失敗するのは有名です。 そこで、二重思考を行って、それはそれとして流せる人なら大丈夫かもしれません。 また、クライアントの為に働く分けですが、そのクライアント、応援したくなるクライアントばかりなら自然と頑張れますが、現実は、そうじゃない。 色々考え始めるとドツボに嵌る。
都会で働くというのは辛いのお。
アビーが推し進めるように、何も考えず、どんな状況でも淡々と仕事する人にならないと 無理かも。 そんな事言っても、大人は今更そういう人にはなれない。 子供の時から「教育現場」で徹底的にそういう人間を造り上げないと。 って、その子、誰だ?

2016/10/15

昨日の「優れ主義」の話の続きですが、
誰か偉い人が正しいことを言ったとしよう。
1.本当に優れた人なら、その真意を即座に理解するだろう。
2.ところが、どうしてそれが正しいのか理解できない優等生はそれをまるごと受け入れる。
優れ主義者には「え、なんでそうなんですか?」とその一言が言えない。
どちらも、言われた通り、実戦しようとするだろう。
一見すると、どちらも大差ない。
ところが、その時、その部下でも普通の人でも良いですが、別の誰かが「どうして、そんなことしなくちゃならないんだ?」と素朴な疑問を呈したとしよう。
真意を理解したホントに優れた人なら「それはね、斯く斯く然々。。。」と肩に力を入れることなく、普通に説明できるに違いない。
ところがだよ、ホントはどうしてそれが正しいのか理解できていない優等生は全く違う反応を示す可能性がある。 正直な人なら「なんでなんでしょうねぇ?」と答えるが、そういう人は少ない。 優れ主義に侵されている人なら、例えば「今頃なんだ! 皆が頑張ってそうやっているのに、お前だけだ。。。」とか、その疑問には真正面から答える事無く、その疑問者の人格否定にかかる場合が殆どだ。
無理しているんですよね。
だから、そこ突かれるとついお前ごときにとカッとなる。無理すんなよぉ、自分が大したことないのは自分が一番知っているだろうに。。
「優れ主義」なんかやめようよ。皆でワイワイやったほうが余程楽しいのに。
少し話は逸れるが、「優れ主義者」は付き合うには面倒臭い。
優れた人がいて、その人がホントに優れているのか、優れ主義者なのかを見分けるのは意外に簡単だ。疑問に思ったことをペロっと言ってみるのが良い。 ホントに優れている人はそうそう怒り出さない。 怒り出さなくても、顔色が急に変わったらソイツは「優れ主義者」の可能性大だ。 優れ主義者の場合でも優れているなら正しいことを知っているので、情報源にはなる。 ただし、深く聞いても無駄だ。知ってはいるが分かってない。
軽井沢? 軽井沢は私がおもいっきり変なこと言っても、怒り出したり、軽蔑したりする人は意外にすくない。残っている人には本物が多いと思うぞ。 実際は偽物も多いと思いますが、ガツンとやられてソソクサと撤退するのが落ちだと思います。

2015/10/16

やってくれました「世界不思議発見」草野仁君
奴隷というと、アメリカの黒人がムチで打たれて強制的に働かされる姿を直ぐに思い浮かべますが、それかなり間違ったイメージです。そもそも、そういう支配者は賢くない。 ムチで打ったら、弱って働けなくなるじゃん。 賢い支配者は、奴隷が奴隷であることに気がつかないように、奴隷が自ら自由の意志をあたかも発揮してそうしたと錯覚するように仕向ける。
ホントにずる賢い男は、別の女性に乗り換えるとき、今の女性が自らその男に見切りをつけてその女性の方から離れるように持って行きますが、それと同じですね(余計、混乱する喩えだったかも)。
それに飼っている奴隷は餌を与えないと死んじゃいますが、必要なときに必要なだけ使える奴隷の方がずっと便利。ですよね > ケケ中さん。
ローマ帝国があれだけ長く続いたのは、単に力で抑えこんだだけじゃなくて、それなりの賢さもあった訳だ。 で、ローマ時代の奴隷は、現代でいうとサラリーマンってことになる、って話ですが、どっこい現代のサラリーマンと冷静に比較すると、ローマ時代の奴隷以下の待遇かもしれない、って事につながります。 逆ダブルスピークでわかりやすく言うと「社畜」という言葉があります。これだ。 正方向のダブルスピークでいうと「企業戦士」って言い方もある。私も昔、それやっていた。先の会社ですが、私がいるからもっていると思ってた。で辞めて、今の会社に移っても、先の会社、ビクともしなかった。
いい加減マトリクスの世界から抜けだして覚醒しようよ! と呼びかけても、映画「マトリックス」を観てない人にはなんの事だか、全く意味不明ですね。

2015/10/16

なにも「優れ主義者」は優れた人だけだとは限らない。
劣っている優れ主義者は悲惨だ。 自分がそういう目にあっても仕方ないと思っている。
言葉を変えれば負け犬根性ですが、それ相手の思う壺。支配のツールにまんま当てはまっているのに気がつかないお前、間抜けだぞ。
優れ主義、分かりやすいので最近良く使ってますが、東海アマさんから教わりました。 二重思考はプロメテウスさんからです。 優れ主義者は二重思考をやっているに違いない。そうでないなら、直ぐにそれが変だ! って気がつくハズだから。

2015/10/30

二重思考その2

例えば、 これ なんかもそうですが、もし、憲法が気に入らなければ、賛同者を増やして、その手続きの則って改正すればよいだけの話だ。 私は変えなくて良いと思っているから、ここで何度もその旨述べている。 私は変えなくて良いと思う人を増やそうと努力している。 憲法が改正されるまでは、現行憲法が有効な訳だ。 憲法自体は文字で書いたもの。所詮限りがある。なので、直接憲法には書かれていなくとも、その理念が尊重されることになる。 それを黒塗りして否定するとは日野市はどういう神経をしている? 憲法を真っ向否定 or 無視するような行為をするなら、私は反逆罪に通じる行為と思う。
そう思わない人が増えているのは事実で困ったものだ。
二重思考の最たるものだ、と言っても、二重思考を理解しない人には、馬の耳に念仏。
二重思考、簡単に言うと、キリスト教は右の頬を打たれたら、左を出す、って宗教だ。 にも拘わらず、その熱心な信仰者が戦争で先制攻撃をして、可怪しいと感じない。 そいういう精神構造を言う。 カエサルものはカエサルに返す宗教のハズなのに、返すどころかせっせと集める。 偶像崇拝は禁止されているのに、教会を作る。意味わかんねぇ〜っ。
憲法の役割は私は中学で習ったが、それ試験だと×、決して合格しないだろうってことを上の人がやる。 犬あっち行け!も可怪しいが、司法の世界も可怪しい。 それを見てて、多くの人も可怪しいと思わない。そういうのを二重思考と呼ぶらしい。 私は発症しない統合失調症だと思うが。
ただ、表立って発症してないだけで、例えば、異常に潔癖症になるとか、変な性癖がもつとか、どうでも良いようなつまらな事に、理由も分からず許せないとか、見えないところでは症状が結構でているようにも思えます。
ところが、他方で、今話題のTPPにはISD条項があって、これが憲法より上位に位置するという考えがある。 そいうえば、TPP反対といって当選したのに、推進する。二重思考の例、列挙し始めると止まらない、止まらない。止まらない。 たとえば、 これ でも見てください。 農業問題なんか、ISD条項と比べれば屁でもない(すいません > 農家の方々、でもそうなんですよ)。 これが通ると、今もでもそうなんですが、日本なら日本の政府が、日本人の独立した主権国家の為政者として機能するんじゃなくて、多国籍企業の使いっ走りとしての為政者になってしまう。 マフィアが縄張り毎に、このシマはお前が納めろ! というのと似ている。 雇われ社長が裏の資本家から、あーせいこうーせいと命令されているのと同じ。 その外堀が埋まられることになってしまう。 TPPに賛成の人は、TPPは憲法に反するところは無いと主張するらしいが、これも典型的な二重思考だ。
私は、当然、TPPにも反対している。すると彼らはちょっと悲しそうな顔をして諭すようにこう言う。「もっと大人になりなよ」って十分ジジイですがな。

2015/11/10

一茂、こいつB型だせ、と思ったら案の定。で、生放送で言っちゃったみたいですね。
そー思っちゃたんだからしょうがない。合っているかどうかに拘わらず。
空気はほとんど気になりません。
ネットで話題になってます。 私の見ているところでは「一茂、以外にまともじゃん」「偉い、良く言った!」と一茂の評判うなぎのぼり。 選手では偉大な親父さんを超えられえませんでしたが、まさかこう来るとは! 他方、ここ とか見ると、なんて発言したか? 肝心な箇所は1つも書かずに、一見、優しい言葉ですが、ネチネチとバッシングしてます。 恥ずかしくないんでしょうか?
で、そもそも「ジャパンハンドラー」という言葉は、放送禁止用語らしい。 じゃあ、彼らをTV的にはどう表現するか、な、なんと「親日家」 と呼ぶらしい。 ひょぇ〜っ! 全然意味が違うじゃん。
ダブルスピークの典型だ。言い換えることによって、聞き手が受け取るニュアンスは180度変わる。見事なもんだ。って、これも押し付けか?
騙すゴミは、時として被害者を加害者にすることだってあります。またはその逆も。 油断も隙もあったもんじゃない。

2015/11/11

ロシア、攻められてますね。
エジプトで落ちたロシア機、いち早くアメリカが「テロの可能性はない」と発表したのが先ず怪しい。最近の報道ではテロの可能性が高くなってます。 IS 国は自分がやったと声明を出してますが、多分、違う。
そうこうしている間に、今度はドーピング報道でロシアのイメージ低下を狙って叩いてます。なんとか、ソ連時代の暗〜く怖いイメージに結びつけようとしてます。 日本にはシベリア抑留というトラウマもある。 しかし、ロシアとソ連は別の国だ。 それに、今のロシアはソ連崩壊(敗戦のようなものだ)からここまで復興してきて、日本の戦後のように希望に燃えていて、今の日本みたいにまだ腐りかかってはない。逆だ。 それに、日本は敗戦後直ぐに朝鮮戦争が始まい、とことんやられる暇もなく、アメリカ側の都合で、一般国民が「属国になるというのはどういうことか」身に染みる前に経済発展し始めてしまいました。 ところが、ロシアはソ連時代にスターリン粛清など経験してして身に染みているわけだ。 ソ連崩壊後のロシアもエリツィンの頃はやられ放題でした。 これは日本がこれから経験することですが。 そこからロシアを取り戻した閣下は気合の入り方が違う。 そんなことはネットを見ていれば、直ぐにわかる。
私、とある国際大会になんどか行ったことありますが、確かに国民性はある。 あって、面白い。 そこでは威張っているのはフランスとロシアだ。 クレームOKの競技なんですが、いつまでもクレームを出し続けて自分の負けを認めない国の筆頭はフランスだ。それに対して、ロシアはとても潔い。 偶かもしれませんが、そこでは私はロシアに悪いイメージはない。
そういえば、スーチーさんが大勝利みたいですが、ミャンマーに人ももっとネットを見たほうが良い。いわゆる民主化ってのはダブルスピークでその真意は「彼らの属国になる」って事だ。本物の民主化じゃない。

2015/11/19

日本人は一人だとセコい

それとも少し関連しますが、最近のネットで面白かったのは 日本人は一人だと中国人と大差ないくらい「せこい」 って記事、In Deep さんです。 でも、他人が絡むと急変して超真面目、というか杓子定規になる。 日本人、嘘つかない。
一人でも、他人が絡んでも正直だったのは「英国人」だ。立派なものだ。
F1見ていても分かりますが、英国人はバカにできない。 なんたってシェークスピアを産んだ土地だ。 ホントの高級車はベンツじゃなくてロールスロイスと言われてた時期もありましたが、そんな車を作っても儲からなので、彼らは作らないだけだ。 F1つくるなら、イギリスで組まないと勝てません。 反対に一人でも、他人が絡んでもセコかったのは「中国人」だ。「インド人」の似たようなものだ。 スイスやロシアは両方のテストでも大差ない。 これらは、善きにしろ悪しきにせよ、まあ、そういう人なんだろうと想像できる。 その意味では、統合されている。そういうアイデンティティの人達だ。
そーいう人だと思って付き合えばなんてことはない。分かりやすい。
ところが、差が一番大きかったのは日本人! 極端に違う。
日本人、自分では真面目で誠実と思っている人が多いんですが、「せこい」かどうかはさておき(このゲームで嘘ついた人はせこいですが)、誰も見てないと意外にズルする人が多いってことだ。ってのは納得する。裏表ありますから。 二重思考してても、気にしない。 よくそれで発症しないなあと関心するくらい、不思議な潜在的統合失調症の人が多い。 特に311以降か知らん? 思考停止という言葉が良く使われますが、これ突っ込んで考えると発症するんで、突っ込んでは考えない。つまり、思考停止するんじゃないかと、最近思うようになった。 つまり、思考停止と二重思考は同義語で同じことを指しているんですが、フレーズによって使い分けられる。
現実を見ろ! と言っても、現実見ちゃうと破綻しちゃいますから。
日本人程酷くはなくても、似たような傾向は韓国、アメリカにもある。 飼い馴らされた国民の特徴が良く現れている。

2015/12/10

保守は日本もアメリカもみんな腐っちゃったらしい。
藤原直哉なんですが、自民党も昭和30年に結党して、暫くはそれなりに頑張ってやっていたんですが、50年で腐リ始めたと! 今の自民党は保守じゃないですよね。グローバル経済を支持しているわけで全然違う。 全く違う。 農協や地方が自民党を支持する意味が分からん。 自殺行為に見えるんですが、自分の生活はさておき、大所高所から判断してのことでしょうか? 他方で、保守が腐ったのでリベラルも腐ったと。そうかも知れん。
保守でなくても、組織はどんな組織でも油断すると腐敗します。 ライヒは組織は「群集心理」を産むといって、徹底的に嫌ってました。 自らを省みても、対個人なら許容範囲は結構広いかもしれませんが、対個人ならOKでも組織の中ではこの人とは難しいかな、と感じる人も多い。 そうは言っても、個人じゃなにも出来ないし、組織だと1+1が3にも4にもなって、非常に上手く行く場合も多い。 投票行動は個人で行うのが正しいと思うが、組織じゃないと出来ないこともある。
閣下も閣下ばかりが目立ってますが、閣下一人がやっている訳じゃない。 閣下は実は5人居るってのはさておいても、閣下の周りには良いスタッフが揃っているのが分かる。
腐敗しない組織を作れないんか?
作れませんね。
組織は存在意義がなくなれば消滅しても良い。消滅するのが当然。
組織もオートポイエーシスなので、腐っても残っているということは、存在意義があるってことだ。 それが当初の意義とか、表向きの役割とかとは違ったものに変わっていくんですが、 好ましい方向に変わる場合は腐るとは言わずに「進化」するとか「発展」呼ぶので、 「腐る」場合は好ましくない方向に変わってしまった場合だ。
分かりやすい例だと、当初は国民の幸せの為の政府が、国民を搾取し国民を縛る為の利権組織になってしまうとか。 そうなると、国民側には存在意義がなくなってしまうんですが、政府側の人には益々存在意義が高まる。 それもなくなったら、その政府も崩壊する。
さて、官僚組織は腐るものだとして、それを是正するのは公式には有権者から選ばれた政治家だ。と、中学校の時に習った。 ところが、良い政治家を選ぼうとするなら、だれがそういう人物なのか、正しく判断するための情報が必要になる。 その情報を広く社会に広めるのは報道の役割だ。 報道するジャーナリズムが確立している必要がある。 ジャーナリストが向こう側に取り込まれるとうことは、民主主義では重罪だ。 この私を死罪にしてください、ペーハーッ! てなもんだ。 正しい情報が公開されていて、且つ、その上で、公正な選挙が行われる必要があります。 今は、これさえも怪しい状況になっている。 ネットで明らかになる状況を観ていると、程度こそ不明ですが、不正選挙が行われているといって際し使えない状況になってきているようだ。 で、最終手段だ!と誰かが政府側を訴えたとしても、司法が正しく機能してなければ話にならん。 司法も向こう側に取り込まれる危険性がある。 皆なグル。そうなったら危機的状況だが、今の日本はこの状況に刻一刻と近づきつつある。
短絡的にそうなったら暴力革命しかない! と言い始めている人もチラホラ。 これまでの流れ、理屈なら、それは当然かも知れませんが、でも、私は違うと思う。 一人でも二人でも覚醒者を増やすことが肝心だと思う。 増えては来ているんですが、果たして間に合うんだろうか?
覚醒者は大雑把にいうと「自分の声で語ることができる」という特徴をもつ。 そう語るかどうかは別問題だが語ろうと思えば出来る。 覚醒していない人をなんと呼ぶか知りませんが、二重思考の世界に居る人は、上から与えられたそのパターンでしか表現できない。
これを踏まえた上で、例えば、スプートニク と日本のメディアを比べてみると面白い。 スプートニクは一見、東スポのようなノリもあるが、ノリはともかく極めて重要な真面目な記事もある。それらもそれぞれ特徴ある語りになっている。記事によっては苦悩の様子も読み取れる。翻訳記事なのに。 ワンパターンで言語明瞭、で、なんなの? という日本のメディアの記事とは確実に一線を画している。
オートポイエーシス的にいうと純粋な客観はない。それを産みだしているシステム(これをオートポイエーシスと呼ぶんですが)と一緒になって存在する。 何を言ったかではなくて、「誰が」何をいったか? その「誰が」の部分を忘れてはならない。 犬あっち行けーなら、最近では政府だか官邸の意向が含まれているとみなすのが正しい。 でもそれは隠して、あたかも報道内容が純粋に正しい事実であるかの如く報道する。 この問題にはこういう態度を取るのが正しい大人です、と促すように。 そこから外れると、貴方はダメな人間です。村八分にして、虐めますよ、と恫喝しているのと同値だ。
それに対して、スプートニクはそれを発している主体を隠さない。 一言でいうと、もっとずっと本音の発言が多い。 そうは言っても、そのまま言えない場合はもっと穏やかな表現になる。 間抜けな私にはその真意を読み解けない場合も多いんですが。

2015/12/23

ねずみさん、曰く、産業革命で社会が変わったが、現在消費者と呼ばれる人達の身分の実態は奴隷らしい。これも典型的な二重思考だと。そうかも知れん。

2015/12/29

★★☆これがプロジェクターが壊れる前、最後に観た映画だ。
リドリー・スコットなのでまあ、それなりに。 でもなあ、今ではナショジオでも記事になってましたが、古代ユダヤ人は黄色人種だったってことは科学的に証明されている。 英語は許すとしても、なんで白人が演じる? 自分たちのものにしたいんだろうなあ。 てな、ツッコミを入れながら観ると多少楽しめる。 作り話としても良く出来ていて、当時のファラオがラムセスってもいい。 それまでの(正確には2代前?まで)正当なファラオと違って、ラムセスは軍人だ。 今風の表現でいうと、乗っ取られていた国家だ。 最後の正当なファラオはツタンカーメンだ。
それに、ピラミッドを作った奴隷は、日経サイエンス2016年2月号 を見るとわかるが、全然奴隷のイメージが違う。 文化的で良い暮らしをしていたの明らかになっている。 今の派遣社員の暮らしぶりとは比べ物にならないくらい良い。 いい加減、「奴隷」という言葉のもつイメージを変えたほうが良いと思う。 日本人は「奴隷」というと、アフリカから連れてこられた黒人奴隷を直ぐに思い浮かべます。白人がやった行為だ。 考えてみてもご覧よ、ムチなんかで打ったら弱ってしまって、使い物にならなくなる。 イスラム系の国では、ムチ打ちの刑で、よく死んでるじゃん。 しなるムチは音速を超える。で、筋肉をズタズタに破壊する非常に残酷な行為だ。 サーカスのムチだって、動物には当てなくて、地面を打っている。 とは言うものの、この映画でのユダヤ人はそこそこ厳しい状況に追い込まれていた。 国が乗っ取られたんじゃあ、扱いが変わった可能性が十分ある。 そこでモーゼが立ち上がったって訳だ。
国が乗っ取られて、その国の民の一部がその国を出たって意味なら今でも十分通用するリアルな話になる。
ついでに、モーゼの十戒も調べてみた。困ったことに何種類かあるらしい。
Wiki に因ると、次のようになる。

-- 引用開始 --
正教会・プロテスタント(ルーテル教会以外)の場合
1.主が唯一の神であること
2.偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
3.神の名をみだりに唱えてはならないこと
4.安息日を守ること
5.父母を敬うこと
6.殺人をしてはいけないこと(汝、殺す無かれ)
7.姦淫をしてはいけないこと
8.盗んではいけないこと
9.偽証してはいけないこと
10.隣人の家をむさぼってはいけないこと
1から4までは神と人との関係であり、5から10までは人と人に関する項目(同時に刑法の根幹)である。 ユダヤ教の安息日は土曜日であるが、キリスト教ではイエス・キリストの復活の日である日曜日を「主の日」と呼び、日曜日を主日として礼拝している。
-- 引用終わり --

この手のものは、当時の無学問の人にでも分かる言葉で書く必要がある。 生類憐れみの令と似たようなものだ。この版は、(誰も私の感想なんか聞きたがらないと思うが)、私は十分リーズナブルと思う。
ところが、下のカトリック及びルター派らしいが、この版になると急に怪しくなって、突っ込みどころ満載だ。 ぱっと見、似てますが、すっかり骨が抜かれて食べやすくなってます。

-- 引用開始 --
カトリック教会・ルーテル教会の場合
わたしはあなたの主なる神である。
1.わたしのほかに神があってはならない。
2.あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。
3.主の日を心にとどめ、これを聖とせよ。
4.あなたの父母を敬え。
5.殺してはならない。
6.姦淫してはならない。
7.盗んではならない。
8.隣人に関して偽証してはならない。
9.隣人の妻を欲してはならない。
10.隣人の財産を欲してはならない。
-- 引用終わり --

わたしのほかに神があってはならない、ということは神じゃないものは存在して良いことになる。
これを「聖」とせよ、と急に根拠を問えない権威の概念が入り込む。なんだそれ。
隣人に関して偽証してはならない、とうことは、隣人じゃなければ嘘を付いても良いことになる。この場合の隣人の範囲も曖昧だ。
隣人の妻を欲してはならない、も同様に、隣人の妻でなければ他人の妻を欲しても良いのか? etc,..。
私的には、正教会・プロテスタントの場合の方がずっと良くできていると思う。
もっとも、正教会・プロテスタント系の方の書き込みでも、偶像崇拝は禁じられているのに、教会やマリア像は偶像には充当しないとか、憲法解釈の変更のような詭弁を持ち出す人もいて、無茶苦茶です。 もっと素直な心で捉えられないかなあ。って、そうしたらキリスト教徒やめちゃいますよね、きっと。
もう1つ、違っているのが安息日だ。
宗教的な意味合いは色々在るみたいだが、私に言わせると普通の安息日、何もしない日だ。 これは大切だ。 仕事に追われまくっている間に、少しづつ軌道がずれて気がつけば取り返しの付かない場所いまで来てしまっている場合がある。 早い話、無我夢中で生きている間に自分を見失う場合がある。 そんな場合は、とにかく休むんだ。 なにもせず。 そうすれば、本来の自分がまた動き始める。これは必須、外せない項目だと思うが、なぜかカトリック教会・ルーテル教会の場合にはない。 もし、二重思考でもなんでも良いですが、人々を洗脳しようと思っているなら、安息日なんか推奨する訳がない。 借りに設けたとしても、休みの日にはあれやれ、これやれ、と3Sだかなんだか知りませんが、作られた色々な楽しみを押し付けると思う。
あくまで、素人が読んでの感想だ。気にするな > キリスト教徒の方々。

2016/1/7

知能指数を調べるテストがある。
これ私の言葉でいうと、如何に速く正しい答えにデコヒーレントさせることが出来るかを競う問題だ。
全くもって、従来のコヒーレント思考の日本人には不得意な思考方法のテストだ。 例えば、何年も何年も「思い」を熟成させ、あるとき急に別次元の正しい答えを思いつく、悟りを拓くというような思考、発想とは全く対極をなす思考だ。
「彼ら」は知能指数が高い事をもって、自分たちこそ優れていると主張したいのだと思うが、まったくもって愚かだ。 実際は、頭がすばしっこいだけです。状況に因っては、悪賢いとも言う。 元々は狩猟民族の人達は、攻めるか逃げるかその場で反射的に決めないと生死を分けたので、決める(デコヒーレントさせる)のは我々農耕民族よりずっと得意だ。 更に、放牧民族とか海洋民族とかは、相手が獣だけじゃなくて、その土地土地、その港港の人だったりする。その人間に対しても出し抜く必要があって、その狡猾さは輪をかけて磨かれている。 その頭の回転の速さと、その人がどれだけ素晴らしい人であるかとは全く無関係。 なのに、それ真に受けて、自分は劣っていると思っている日本人は、「優秀な日本人」と呼ばれている人に意外に多い。全然違う。愚の骨頂だ。
日本人なら直ぐに答えは出ないかもしれませんが、もっと慎重に考えて、自分がどう行動すべきなのか、判断するのが良いと思う。先祖から受け継いだ、貴方の感性がきっと正しい答えにあなたを導いてくれると思う。

2016/1/8

全く意見が違う人でも、最初から、出発点から全く違うことは少ない。
日本人なら皆日本が好きで、平和に過ごしたいと願っている。 自分だけ良ければ良いと思っているようなヤツは問題外で、そうじゃなくて普通の人達の話ね。 そういう人達でも、じゃあ、どうするとなった時、結構親しい人でも徹底的に異なる場合がある。 私がよく観に行くような、結構リベラル?なブロガーさん達でも、同じところから出発しても、途中までは確かに同じなんだが、最終的に彼らが出す答えは正反対にすらなる場合もある。結果、罵り合う羽目に陥る場合もある。 例えば、憲法、ホントは変えたほうがよいが、彼らに任せると改悪になるので、変えないほうが良い!と言っているような、見かけの上の結果の違いを言うんじゃなくて、 もっと根本的な、なにか違いがある。 ここがクリアできたら、人々はもっとつよく結ばれ、まとまれるのに。 とても残念と思うことは多々ある。 普通の人は本音をなかなか語ってくれませんが、ブロガーならある程度自ら語るので分かり安い。以下、大きく態度が変わる箇所を気がついた箇所を幾つか記しておく。
優れ主義
勝手に努力して、優れてた人が世のため、人の為になることを行うのは一向にかまわないが、その反対、優れてない人を、or 優れようと努力しない人を、人と見なさない「優れた人」は意外に多い。 身内、例えばが自分の子供にそういうのが居ると、ボロクソに言うので嫌われる。 これを隠してブログを書いてても「俺は優れているんだ」ってのがあちこち垣間見れて、読んでいて気持ちのよいブログじゃない。 お隣の国にはこういう発想をする人が多いのですが、 優れ主義の罠に嵌ってますよね。 子供の頃、無理して勉強しすぎたか? いい歳になったら、いい加減この呪縛から逃れないと!
優れてない人はそれだけで社会から酷い扱いをされるのに、貴方が追い打ちかけて虐めてどうする? 貴方のお母さんは、ダメな貴方を許さなかったかも知れませんが、大人になった貴方はダメな人も許しなさい。いいんです、皆が皆、優れなくても。 グローバル社会の価値観は1つでも、本来の世の中は色々は人を必要としていて、そこかで役立つ人になれば。
権威に対する態度
その価値を理解できるなら、敢えてどうこうせずとも、自然にそういう態度になる。 なので、「権威に対する態度」とかいう場合、敬うにせよ、そうでないにせよ、その人の理解を超えているって事だ。 つまり、自分の理解を超えたものに接した時の態度をここでは問題にする。
例えば「天皇」。
軽井沢に住んでいる人は皆さん意外に自然体。
知らないことは、知らないと白状しちゃえば楽になるのに、正確には全然知らないってこともないので、○○程度なら知っているとか、そういう表現になるんだと思いますが、 優れ主義に侵されている人は、「知らない」ってことが言えない。 それに、知らないって人を罵倒する必要もない。 分かりやすく説明すりゃ終わりなのに、権威主義者はそうはならない。
言い切っちゃうことへの抵抗
私も良く言い切っちゃって、それ言い過ぎ! と指摘されなくても、自分でよんでそう思う場合も多々ある。 高校生時代はホラ吹きと呼ばれた。 ホントはある文脈でののみそれが成立する訳で、なにも前提がなくて存在するものなんぞそうそうない。「私はある」くらいか? 日本語は自由は言葉だ。 こんな言葉他にはない。(←言い切っちゃいましたが) より正確にはあるかも知れんが、私は知らない、という意味だ。 そのくらい理解しろよぉ。
揚げ足取られないように書くと、文章に勢いがなくなる。 勢いがなくなるということは、訴える力が弱いってことだ。 真意は、字面じゃなくて、心で受け止めれば済むことだ。
凶暴な人種に対する態度
この問題と比べると上のは屁のようなものだ。
先ず、この世には自分とは常識というかレベルが違って凶暴なヤツが居る。 口で言っても分からんヤツが居る、ってのの延長で、 口で言っても分からんヤツの一部に極めて凶暴な奴らが居る。 で、こいつらがマズいことに権力をもっている。
これは事実だ。
お腹を好かせたライオンの前に立ちすくむシマウマさんの気分で、どうやってもそのライオンさんを説得できんだろうなあ、という状況だ。
ヤクザに絡まれたことあります? って、「彼ら」はヤクザよりも凶暴だ。
私の知人で怖いお兄さんを扱うのが得意な人がいました。 任侠の人は単純なので怖がらなければある意味簡単なのかも知れません。 お兄さんは、顔を真っ赤にして怒ろうとしているんですが、ことごとくかわしてしまう。 怖いお兄さんはともかく、犬でも、犬の扱い方を知らず、ましてや噛まれた事がある人は極端に犬を怖がりますが、扱い方を知っているかどうかでかなり印象は違う。 でも、この場合の相手は人間で獣よりはるかに凶暴だ。それに「彼ら」には任侠心はない。更に、上で述べた意味でとても「優れている」。頭が非常に良い。
この人達をも含めて、自分と同じ人間だと思えるか、思えないかで徹底的に結果は違ってくる。
あ、こいつらには到底敵わないなあ、と思ってしまったら終わりだ。 そう思わせるのが彼らのやり口だ。 心を折らせて、従順にさせる。
なので、数パタンある。
話ししても分からない 闘っても敵わない どちら側 その結果、
A1 向こう側 ポチになる?
A2 こちら 無抵抗/サボタージュ etc,..
× 闘う?
× 単なるお人好し?
このうち、どうやっても敵わないなあ、と思わせるのは優れ主義とも関連しますが彼らの作戦。
プロレスでも初対戦では外人は強くても、延々やっていると日本人レスラーに勝てなくなる。 知力でもデコヒーレント思考に持ち込むから勝てないだけの話だ。 コヒーレント思考で十分勝ち目はある。 これが分かると、A2の人はBになる。A1 の中にも寝返るヤツがでるかも知れん。迂闊に信用できませんが。
あとは、話して分かる連中か? ってことだ。
私は話せば分かると思うんだが、難しいのは認識している。 介護ネタで恐縮ですが、デイサービスに行くと高そうな服を着ているとか、自宅に庭が在るってだけで虐めの対象になるらしい。 その程度らしい。いい歳こいたご老人達ですが。

2016/1/14

ASKA

ASKA が正月に公開して、すぐに閉じた(閉じさされた)ブログの記事700番がネットで話題になってましたが、その キャッシュが残っていたので読んだ。読み始めたら面白くって、一気に読んじゃった。
キャッシュも消されるかも知れないので、気になる人は早く読んだほうが良い。 すでに何人もがダウンロードして魚拓しているので、もう完全に消すことは不可能ですが。
で、これは間違いなく本人ですね。 覚せい剤のせいで脳が溶けてスポンジ状になっていて、もう二度と復帰できないだろうと書かれてましたが、文章は関心するくらい上手で全然平気ですね。 才能があって、基本素直な男の子であるってことが良く分かった。 でも、頭は良くはない。 悪いという意味じゃなくて、むしろ良いほうかも知れませんが、頭が良過ぎるヤツの話は理解しづらいところもありますが、普通の範囲に収まっているので分かりやすい。 ASKA のCDなんか一枚も持ってないし、全くファンじゃなかったんですが、すこし好きになった。
どこまでがホントで、どこからが嘘かは微妙ですが、本人の言葉になっているし、辻褄も大筋あってる。 家族の事には一切触れない等の恣意的な部分は幾つかみられますが、原則ホントだと思う。
問題になっている盗聴の話も私はホントだと思う。 この辺りは触れると長くなるので、省略。
事実誤認も幾つか見られる。例えば、相手の女性の勤めていた会社の事。 騙すゴミの酷さを示すだけなら、そんなこと言及せずとも済んだのに、わざわざ言及したということは、一抹の不自然さが残る。もしかしたら、知っていて、嘘を着いたのかも知れません。敵に回すと怖いですからねぇ。
ネットで避難されているような統合失調症ではない。 非難する連中が統合失調症で片付けたいのはわかるが、本人はむしろ統合失調症になれなくて、苦しんでいる。 非難する連中の方こそ、発症していない統合失調症、つまり二重思考のように見える。
総じて感じたのは「孤独」ですね。
名声もお金もあったのに、ホントの友達(友人)が傍に居ない。 家族と同じように、意図的に書かなかった? そういう人物が傍に居ればそこ今回の事件は起きないし、起きたとしても省略して書けん。
と、感じた。
人生、何が幸せって、自分以外に信頼できる人が存在すること、それに勝るものはそうそうない。

2016/1/28

私も これ 言及しようと思ってたらてげてげさんに先越された。 2016/01/27(水)2 の記事です。
最近、他人を人とも思わない人が増えてますが、それと同じだ。 アメリカにとってはシリアなんか(日本もですね)どーでもいいんだと思う。 こういう差別意識、優れ主義の裏返しですが、以前は内心ではそう思っていても、そうそう公にはしなかったんだが、最近は堂々とやる。 やっても誰も文句言わない。 普通の人は怖くて言えなくても、マスコミは言わないと! 壊れてると思う。

2016/2/4

そもそも、喫煙シーンがHシーンとなんで同じなのか?

先日、高崎の上田書店で思わず買ってしまった本はこれなんですが、 本物はこの10倍くらいする。 前から欲しかったんですが、無理。安いテキスト版が出版されたのでこれにした。
本にはいろいろあって、これは久しぶりに自分と対峙しながら読む本だ。 途中で、なんだ、と思って止めちゃうかもしれませんが。
因みに、私はユングの分類でいうと圧倒的に内向型。
もう1つの分類でいうと、思考が一番苦手かな。 直感、感覚、感情は比較的自由に使える。 それでも嫁さんに言わせると、十分というか、異常に理系しているらしい。そっか? ともあれ内向的な私は、以前はまるっきり他人に興味なかったんですが、最近は爺になって余裕がでて、他人と話をするのが大好きになりました。

実は、まだ、本文にまでたどり着いていないんですが、前フリの段階。 それによると、ユング自身も2つの人格を有していたらしい。 多数の人格が存在するということは、昔の言葉でいうと、精神分裂症。今の言葉でいうなら統合失調症の手前の状態。
でもこれ、別にこれは普通の状態です。
なぜなら、子供の時はいいも悪いもなく、両親とか教育、周りの環境からなんでも取り入れるからだ。
親が望む人格、学校で教わる人格。仲間内での人格。はたまた秘密の場所での人格。それぞれ違う。 それぞれの人格が矛盾をしていても子供の時はさほど苦にならない。そうして身体が大きくなる。
取り入れた人格、それからして1つであることはそうそうない。 1つであったとしても、もともと自分が持って生まれた人格傾向がある。 それが与えられたものと整合性が取れているなら問題は少ないが、そういう場合はそうそうない。普通は不整合を生じているが、身体が成長している間はそうそう問題にはならない。
ところが、身体の成長が止まると、それ以上受け入れられなくなる。 矛盾を矛盾のまま放置するこができなくなる。 とどうなるか? 普通は「青春」と呼ばれる不思議な状態に陥る。 外見栄の反応は鈍くなり、閉じこもっているように見えるが、内部では物凄い勢いで人格の再構成が行われている。昆虫の生態に喩えるなら繭の時代だ。
人格の再構成が終わって、すっきりすると、そういう人として、1つの統合された人格としてホンモノの大人に生まれ変わる。そうして、その後の人生を送る。
繭の時代はそういう意味ではとても大切なフェイズだ。受験勉強なんかしている場合じゃない。
この時期を疎かにすると、大人になっても復数の人格を引きずることになる。

■さて、青春が上手く行ってす〜っと上手く大人になった人を考えよう。
その人にとってH行為は他人に見せるようなことではないとしても、別にやましくもなければ、忌み嫌われるものでもなくて、楽しいもの、極めて普通で自然な行為のハズだ。 その行為は深い満足を与える。 それ、他人が見たって、その他人もす〜っと大人になった人なら、微笑ましく感じるだけで、別にどってことはない。 こういう人々にとって、間違っても、H行為と暴力が結びつくことはない。
■ところが、次に、今度は、大人になりきってない大人の人を考えよう。
その人にとってH行為は、って、おい待てよ。復数の人格がその人には存在してる訳だ。 誰が、どんな顔をして、その行為を行うんだろう? 仮りに、1つを優先させたとしても、他の人格がそれで良い、って言うんかい? 無理に遂行するには「強制」が伴う事になる。 で、無理して行っても深い満足は得られない。
この「強制」するってところに、H行為と暴力が結びつく。
そもそも、子供は復数の人格を受け入れると述べたが、その子には最初から持って産まれた人格傾向がある。その都度、統合できていたなら、子供の時であっても別人格として受け入れる必要もない訳だ。それが別人格として残っているということは、その時点では上手く統合できなかったという事だ。 もう少し強く言うと、そこに強制があったっということだ。 元からある人格傾向、それまで築き上げてきた人格を否定して、新しい別の人格を強要したことだ。つまり、暴力だ。

暴力は、そりゃあ子供には見せない方が良い。 残酷なだけなら、子供は平気なんだが、暴力は違う。人格否定を行うものだ。 殴る == 暴力じゃない。暴力の本質は、人格否定だ。 その暴力とH行為が結びつくなら、そりゃあそれも成人映画指定でも可笑しくはない。 私、映画はよく見ますが、映画で自然なH行為を映す必然性はほとんどない。 そういう意味では、H行為がある映画は成人映画指定でも可笑しくはない。

さて、喫煙。
これまでは喫煙、肺ガンの原因として放射能のスケープゴートにされてきた。 ところが、喫煙は今では、以前とは違うニュアンスを有してしまった。 度重なる値上げと嫌煙運動で、なんちゃってスモーカーはみんな禁煙してしまった。 いま、喫煙している連中はそこそこ気合が入っている。 いくら値上げされようが、経済力が許す限り喫煙する。
世間に流されるタイプじゃない。つまり、一匹狼的なニュアンスが伴う。
そういう意味では、復数の人格を受け入れてしまった子供は、強制されたたとはいえ「いい子」だったハズだ。 そうじゃないと、全くこの子は性根が悪いと言われて、見放されたハズだ。 そうじゃないと言うことは「いい子」を続けて、復数の人格を有してしまった訳だ。 で、今もその影響からは脱せずにいる。つまり喫煙者の一匹狼とはまるで違う生き方をしてきた訳だ。彼らが自ら否定してきた生き方をしている連中な訳だ。
す〜っと上手く大人になった非喫煙者を考えてみよう。
そういう人にとっては喫煙は大した問題じゃない。 健康に悪いと思っている人は吸わないし、嫌いな人は吸わない。 でも、それを趣味にしている人を否定する特別な必要もない。 健康に悪いと思っている人なら「お前、喫煙はやめろ」とは言いますが、喫煙者の人格否定はしない。

さて、さてが続きますが、
以前から疑問に思っていた問題。復数の人格を持ちながらなぜ発症しないか?ですが、 観察すると、それらとは別の特別な人格をもう1つ存在させて、その人格の元にそれ以外を配置するんですね。そうれば形的には、統合される。
例をあげて説明する。
哲学者と哲学教授の違いだ。
今は日本語が混乱していて、哲学教授を哲学者と呼ぶ場合が多い。 だったら、上の哲学者はなんと呼ぶ?哲人か? キリスト教徒がイエスの言ったことを実行してないのと比して、実際にイエスの言ったことを実行している人をキリスト者と呼ぶらしいが、既に哲学者と呼んでいたのでこの規則は使えない。 何を言いたいかというと、哲学教授は哲学をしている訳ではない。 ホントに哲学している哲学者が絶滅危惧種だってのも追い打ちをかけている。 もっと分かりやすく言うと、ホンモノの哲学者は自分の述べることと同じ生き様を行ってましたが、哲学者は偉そうなことをいうが、実際は彼が知っているのは、彼が専門対象のホンモノの哲学者はどんなことを言い、それが時代とどうリンクし、他にどういう影響を与えたか等の教養?であって、専門がドイツ観念論であってもドイツ観念論を信じて、そう実行している訳ではない。そうは生きていないと言うことだ。 現代においては、自分の大学で人文学部がなくなりそうだけど、どうしようか? 来年度の研究予算どう工面しようか、等と考えている訳だ。
特別な人格が、他の人格をそれはそれで、そこではそういうもんだ、と固めてしまうわけだ。 特別な人格は、世間を見渡し、空気を読んで、自分のもっている個々の人格をそれぞれ差し障りない場所に配置する訳だ。全体としての統合は諦める。 それぞれの矛盾を突いたりはしない。 なので、授業中は哲学者の如く、偉そうなことを言う。 教授会に行けば、それなりの人格を出す。 で、家庭に戻れば、家庭の人格として出す。 愛人の前では、その人格だ。

そこで、私はその特別な人格を「ロボトミー人格」と呼ぶことにした。
あとで、もっと適切な言葉あれば変えるかも知れませんが。

受験勉強はロボトミー人格の育成にはもってこいだ。
優秀な子は、ある問題に対して、真の回答なんか答えては居ない。 本気で答えようとすると、エライことになる。 そうじゃくて、こういう場合は、こう答えれば合格する、ってのを学ぶ修練の場だ。 数学が良くできたって、数学が本気で好きな分けじゃあない。 数学の魅力を理解しているわけじゃない。

これが見えると、次の景色が見えてくる。
ロボトミー人格は、大衆を管理する側、為政者側からすると非常に好ましい側面がある。
ロボトミー人格は定義からして反社会的には成り得ない。 ロボトミー人格は、自分のもっているそれ以外の種々の人格を今社会から要請されている場所に置いて、そのスタンスからその人格を機能させることが出来る。 その結果、とても有能な人と見なされる。
逆にホンモノの例えば、物理学者なら物理学者が、そこで得たのと同じレベルの納得、統合性を、例えば実社会にまで真剣に広げようとするなら、とても面倒な事になる。 次から次へと実社会の矛盾を挙げ、その原因を探り始める。 為政者側からすれば、とても面倒なことになる。 そうではなく、とても優秀な個別の人格をもちつつも、メインはロボトミー人格であって欲しい訳だ。
有能でも所謂「職人さん」は違う。職人さんは、そんな都合の良いロボトミー人格をもたない。なので、気難しい。

とするなら、自分がロボトミーになってしまった過去を思いうかべるような暴力描写はよろしくない。且つ、ロボトミーとは違う生き方があるのを気づかせるような描写もよろしくない、という結論に至る。

「よい子」の次は「よき市民だ」。それを維持するために、為政者はいろいろ手を尽くす。ところが、これもオートポイエーシスだ。他の人格もそれぞれオートポイエーシスで、それらが相互浸透しながら維持されている。 それが「よき市民ロボトミー人格」を維持できるには、程度がある。 今みたいに、格差拡大政策を続けていると、貧困層は徐々にそれを維持できなくなる。 よき市民ロボトミー人格は維持できなくなるが、次に用意する貧困者向けロボトミー人格がある。用意されている。 「彼ら」は非常に頭が良い。 これを使って、今度は ○○○に貧民を誘導する訳だ。
間違っても自分で統合しようとする向きへは向かせない。

2016/2/12

古舘と拓郎

昨日の事ですが、嫁さんがTVを点けていた。他に見るものもないので、報道ステーションを見てたら、古舘が拓郎と対談してた。 すでに、幾つかネットにも上がってますが、たとえばここ、非常に面白かった。 拓郎は、次から次へと拓郎イメージを自ら否定してみせましたが、拓郎らしい。 私は陽水派ですが、別に拓郎を否定したりしない。 昔からそういう奴だと思っていたし、いまさらながらですが「ほら、見ぃ」って感じ。 才能あるのに勿体無いねぇ、というのが正直な感想。でもそれが拓郎なんだと思う。 逆に向こう側に行きたかったという向こう側のジュリーこと沢田研二は(友人の嫁さんがファンなんですが)、311以降、政治問題にもきちんと自分の意見を発言するようになり、「お、意外に硬派じゃん」と一部からは見直されているんですが(当然、他からは顰蹙もかってますが)、粋がっていても実は軟弱な拓郎はそんなことはしない。
それよりも問題は、というか面白かったのは対談相手の方の反応だ。
こいつ、なんにも分かってない。 粋がっているのは拓郎と同じだが、拓郎見たいに才能がある訳でもない。 こういう人がしたり顔で嘘を吐く。 いや、本人はホントにそう思っているのかも知れませんが、それはポジショントークと同じようなレベルだ。発症していない統合失調症レベル。1984的にいうとダブルスピーク。自分の言っていることの矛盾に気がつかない。思想も信念ももたず、分かっても居ないのに、いい格好しいだけで気の利いたことを言って盛り上げる。誘導する。私はニセモノだと思う。 それに因って、世の中の人々、大勢が騙される。 バラエティならOKかも知れんが、報道はバラエティ番組とは違う。罪だと思うぞ。

プロレスといえば、ブライアン・ダニエルソン引退ですね。 私は NOAH の時しか知りませんが、渋くていいレスラーで、まだ34歳、若いのに。脳震盪が思うように回復見込めないらしい。脳が逝っちゃったみたいです。 KENTA も組まれたアングルで怪我しって休場中ですが、小さな選手でWWEで無理し過ぎたのかも知れません。 でもWWEで活躍できたことが、KENTA や今度 WWE に行く中邑なんかを勇気づけたんだと思いますが、WWE はアングルを組みすぎるので好きじゃない。 ダニエルソンも本名で活躍してたのは、NOAH 時代だけだ。 WWE では、KENTA もイタミ・サチオという名前を付けられましたが WWE が要求するキャラクタを演じる必要がある。 そんなことしないでも、十分面白いんだが最近はそれじゃあ商売にならないみたいだ。 観客のレベルが低すぎるんだと思う。アメリカじゃあしょうがないか。 日本でも、経営危機の NOAH も最近真似し始めました。もう、観るの止めようか知らん?
ショーを見たいのか、ヒールもベビーフェイスもないそのレスラーの人間としての試合が見たいのか、その差だ。 ショーと言っても、一流?のレスラーがやってますから WWEはそこそこ面白かったりするんですがでも、それ嘘なんだよ。 アンドレだって、WWE と切れた後、全日に来るようになりましたが、実に穏やかないい顔をしていた。

2016/6/28

先日、沖縄県議選で不正選挙の一端が垣間見られました。 例えばこの記事。 記事では、開票作業ミスとなってますが、集計機の画面では正しく表示されいたみたいだ。でも、束のバーコードの中身はその人じゃなかった、って訳だ。 高松の件は、得票数が0だったので直ぐに分かりましたが、実際は数え間違いしていると思うぞ。 東京都知事の票の分布とか、先日の北海道の補選とか統計学上あり得ない事が起きている。 北海道の件なら、例えば最後に開票したのが期日前投票で、ある企業なりの組織票がしこたま含まれていた等と、特別の理由がない限りあり得ない。 東京都知事選の結果の方が、もっと変だ。 私は科学を志した者として、情況からだけ判断すると悲しいけれど、不正選挙が行われていると判断する。誰がどういう目的でやったかはさておき。
数え間違いならまだしも、今回みたいに不正にプログラミングされていたならどうする? 後で、人出で確認しているんか知らん? 大体、コンピュータは信じちゃダメだ。 そもそも、正しく分類できていることをどうやって担保するんだろう? 事前にテストしているのか知らん? 事前では正しく動作したとしても、フォルクスワーゲンディーゼルの不正といい、プログラムでは何でも出来る訳だ。 最後は時間がかかろうと、人出で確認する作業は必須と思う。
イギリスの国民投票では、twitter で不正選挙が騒がれたので、人出で集計したみたいだ。
多くの日本人は、以前の私も含め、そんなバカな! そこまでやるか? というのが普通の感性。 でもね、これサイコパスの人ならこう考える! って奴ですが、まあ、みてごらんなさい。 心の弱い人は、見ないほうがいいかもしれない。 って、読んでいるとムカついてきますが「彼ら」はこういう発想をする連中だ。 それが組織化されて2重、3重で仕掛けてくる。

2016/7/7

人は得てしてその人の言葉遣いがあって、普通と違う場合もままある。
「わーくに」という場合の「くに」は、我が国の最高司令官で且つ立法府の長でもあられるお方とそのお友達を指すらしい。 なのでわーくにの経済状態は良いというのはまんざら嘘ではない。 でもって「国民のみなさま」という場合は、下層国民を指すらしい。
同様に、企業が活動しやすい国という場合の「企業」は、グロバール企業を指して、中小零細はそこには含まれない。
な、それが飲み込めると、急にモヤモヤが取れて意味が通じる。
普通の言葉遣いしろよ!
って、実はこれダブルスピークと呼ばれる高度な技法で、渡された原稿を読んでいる人にはこんな作文は無理でも、裏でもっと頭の良い人が暗躍しているのが分かる。

2016/7/20

陰謀論を愉しむというのは、簡単に言うとサイコパスの連中ならどう考えるか? を推測して愉しむゲームだ。
サイコパスの人が社会のどこか隅の方に多少居ても大勢に影響ありませんが、権力中枢に居るから困る。 このサイコパスの思考方法は典型的な日本人の思考パタンと違う。 もちろんデコヒーレント思考だし、タガが外れているので制約がない分、頭はくるくる回る。発想も自由だ。自由というよりぶっ飛んでいるんですが。 彼らの企みが途中まではうまく行っても、全体の調和を欠いてますから、彼らのやること尽く間違えていて、長いスパンで見ればうまくいくことは殆どない。 ライヒはモジューと呼びましたが、これ感染するので常人は近づかない方が良いかも知れない世界だ。 有名ブロガーもこれやりすぎて心が壊れてしまった人がいる。 ネットで見ててもこれだけ影響力があるので、当の本人には個人的に生では近づかない方が無難。 常人が個人で太刀打ちできるレベルじゃない。 ネットで、それも大勢でよってたかって暴くと暴ける場合もある。

サイコパスのやることは、どうせ間違っているので(偶別の理由であっている場合もありますが)、そういう意味では放おって置いても良さそうです。 放って置いても、淘汰されてそのうち正しいものだけが残る。 これ、多分これまでの「保守」のスタンス。 でも、これまではそれで良くても、今人類の力が地球レベルに上がってきているのでヘタすると地球が終わる。 ま、地球が1つ2つ消えても、宇宙レベルで考えれば、その宇宙だって一杯あるわけだし、どーってことのないのかも知れませんが、 それ以前に地球が終わらなくても、彼らの影響はその地球に今住んでいる我々からすれば大問題になってきている。
例えば放射能。 今人類がいなくなったら地球はどうなる? って番組がこれまでも幾つかありました。 あっと言う間に植物が生い茂り、直ぐに文明の痕跡はなくなります。 前回見た番組はバージョナップされていて、原発も考慮されていた。 人がいなくなると、そのうち制御を失った原発は次々大爆発します。 地球は汚染されて暫くは変なことが起きますが、それでも結論は同じ。 そのうち数百万年後かもしれませんが、or もっと、いずれにせよ元の緑豊かな地球に戻る。 なので、どうってことないのですが、その汚染された中にもし人類が居たら、その人類は大変な目にあう。
地球レベルでいうと、原発よりも隕石落下のほうが辛い。 月は地球が生成されてまもなく、or 生成中かも知れませんが、いずれにせよ初期にジャイアント・インパクトが起きて、できたとされています。 火星のフォボスとダイモスはそんな昔じゃなくて、ずっと最近。 それまでは火星には水も緑も(もしかしたら文明も)あったのに、隕石が降ってきて今の荒涼とした惑星になってしまった。 その時の破片が、フォボスとダイモスだというのが最近分かってきた。 その時の衝突は半端じゃなくて、衝撃波が火星の裏面まで到達しても吸収しきれずに、火星の裏側の地殻が剥がれて飛び散った。 文明なんか残れるハズがない。緑も水も殆ど失われた。
それでも、火星から飛び散った生命の RNA だか DNA だか、休眠している微生物かも知れませんが、彼らは地球や、はたまた宇宙空間を漂い、また適切な環境に巡り会えたらなら繁殖を始める。つまり、長い目で見れば、どーってことないのかも知れませんが、そのとき火星に居た皆さんは大変な目にあった訳です。

2016/7/21
暇じゃないんですが、偶にはだれでも分かるように丁寧に書く。
//どうしよう、これでも全然分からん!とお叱りを受けたら。

引用元は、こちらです。
天才的な言い回しを存分にご堪能ください。

Q.「格差感」について、
-- 引用開始 --
これについて、イギリスのサッチャー首相がうまい事実を示唆したと思います。「金持ちを貧乏人にしたところで、貧乏人が金持ちになるわけではない」。
つかみの部分ですが、私もそう思う。 当たり前のことです、というか、後の文を読むと焦点ぼかしでこれを持ってきたのがわかります。
格差論の本質というのは、かならず成功者をねたみ、嫉(そね)み、その足をひっぱっることです。
全然違う。そういう人も居てそれも問題ですが、それが本質ではありません。
最初に誰も全面否定できないことを持ちだして、次の瞬間に持論に有利なように嘘ではないが、本質からするとまるで見当違いな事柄を挙げて、それが本質だと言い切る。 で次に繋がる。
格差はないほうが良い。格差をなくす工夫は依然として必要です。
またしても、正しいことを言って、1つ前の悪意に注意が行かないようにする。
しかし、それでも格差は絶対になくならないし、そういう格差があるということを飲み込んで、社会全体を豊かにしていきましょうと、そうすることが結局、全員の幸せにつながりますよ、ということをリーダーがきちんと国民の前で話す必要があります。
それはどうしようもない事と格差を肯定することで、先の本質、つまり妬み嫉みを更に肯定して問題意識が他に行かないように強化すると同時に、 その抑圧された気持ちを「社会全体を豊かにする」という方向に向かわせる。 社会全体を豊かにするというのは私は間違ってないと思う。
さらに、リーダーに責任を押し付けている。自分の責任逃れだ。
同じくイギリスの政治家のチャーチル氏の言葉に、「成長はすべての矛盾を覆い隠す」というのがあります。
私もそう思う。全てじゃありませんが、結果的にかなりの矛盾が覆い隠されます。
第一次世界大戦と第二次世界大戦の間の頃、日本は当時の先進工業国の中で、もっとも所得格差の大きな国だったのです。結局、日本は高度成長期に、「一億総中流」という意識を持ちましたけど、それは日本の長い歴史の中で、ごく短い期間です。
格差はあったかも知れん。 でもなあこの格差は「妬み嫉み」だったか? 違うでしょ。この時の格差は数字上の格差で、当時の人は、みな希望に燃えて明るい未来を信じていた。他人の足を引っ張ることなんかする暇はなかった。 同じ「格差」という言葉を使いながら、中身は違う。 世の中は格差社会でしかあり得ない再度強調し、我々が良かったと思う「一億総中流」という時代もそれが幻想であったかの如く否定する。
あとは、日本にはかなり大きな格差があった。そのことはどの国でもそうですけれど、日本の経済の事情として、認識をすべき重要なことだと思います。
-- 引用終わり --

つづき
-- 引用開始 --
オランダには正規雇用と非正規雇用の区別はない。同一労働、同一条件です。みな医療保険と年金に入れるし、待遇も同じにする。そういうのを日本で実現してほしかった。 いまの日本の「格差」は競争から来たものというよりは、正規労働と非正規労働とで最初から分かれている。そういう制度的な格差をなくすことは、どの内閣になっても、是非やらなければいけないことだと思います。
これは彼の持論、グローバル経済に基づく主張だ。もう聞き飽きた。
正社員はそのうちなくなりますよ。 > 今、正社員の皆様
例えば、ヨーロッパの企業のように、新製品を開発するから、外部から集めた人でプロジェクトチームをつくり、開発がおわったら解散、というスタイルなら多少当てはまる。 ほんの一握りの経営陣と組み立て労働者の企業なら。 そういう会社は誰のもの? って、はい株主とその一部の経営者のモノです。
ところがmade in Japan を成してきた日本の企業はそうじゃない。
そもそも、同一労働、同一条件は良いとしても、誰がどうやって同一労働を測る?
最近はバイトでも店長が務まるみたいですが、バイトの店長と30年務め上げた店長が同じかい?
で、今、日本で実際に起きていること。
同一労働、同一条件という旗の元に、30年務め上げた店長が派遣に置き換わるか、給与がバイト並に下げられている。
これで30年務め上げた店長並のサービスを維持できるんか?
-- 引用終わり --

Q.少子高齢化になり、人口減少時代に向かっていく日本が今後、求めるべきアイデンティティや理想像はどう描けば良か?
-- 引用開始 --
私はやはり原点に立ち戻って、人々が自由に自分の生き方を追求でき、その自由を満たしてあげる社会にすることが、最大の経済政策だと思います。
これは私もそう思う。
と正しいことを言っておいて、次に我田引水する。
それはつまり、規制を緩和すること。それが、結果的に経済を成長させることにもなります。
短絡的に自分の持論に結論づけてますが、論理が飛躍してます。
それに「規制緩和」と聴くと聞こえは良いが、もう殆どメッキは剥げかけてますが、ホントに規制緩和なの?
例えば、公共事業だと外資も参加できるように規制はかなり緩和されたようだ。 代りに世界共通の資格? ISO を有してない企業は参加できないようになった。 これで地元の中小零細企業がことごとく締め出しを食らってしまう。 その実態は、古い利権を壊して、新しい利権を作っただけじゃないの?
それ「人々が自由に自分の生き方を追求でき、その自由を満たしてあげる」という「人々」は、我々の事じゃなくて、1%の人々ことを指すなら、その言葉は正しい。 でも言葉自体は、我々も含まれているような言い回しですが、実際は含まれていない。 それで万が一経済が成長したとしても、その成長はチャーチルの言った成長とは違う。 当時はまだグローバル経済がそれほど徹底されていなかった。 今の状況では、格差は広がる一方、縮まらないと思う。
それから、日本を豊かにするのは、教育しかない。自然資源のない、小さな島国で1億2000万人の人が世界最高の生活水準になったのは、一にも二にも人間の力だったのです。 その教育の力がここ10〜20年の間、残念だけど、相対的に見て劣ってきたと思います。
言葉だけなら、かなり当たっていると私も思う。
彼の主張は、こうやって一見正しいことと、嘘とを交互に重ねて進めていく。 非常に頭の回転が速いのが分かる。 最早、日本人の域を突き抜けて、サイコパス。
で、正しいとしても、日本の教育の力をここまで破壊したのは誰?
お前が言うな! 状態だ。
そう言いつつ、こんどは道徳教育を採点するらしい。 言ってることとやっていること、真逆でしょう?
中国もベトナムも日本と同じように、成長して経済が豊かになる権利があります。
言葉だけなら、かなり当たっていると私も思う。
でもなあ、その「豊かさ」は彼らが求めてきたことだろうか?
今はもっと貧しい国へ進出していると思いますが、平和で特段不自由を感じることもなく暮らしていた人たちを低賃金で働かせるために、彼らの価値観を壊し、新しい価値観を一方的に押し付け、これこそが「豊かさ」ですとしてませんか?
そういう中で、日本が生きていく道というのは、やはり更に教育を高めていくこと、それしか方法はありません。
正しいけれど、正しくない。もう面倒なので説明は省略。
そして、何よりも「自助自立」の原則を家庭教育から強調することです。
と、あなたが貧乏なのは、自業自得です、という結論を導く。
-- 引用終わり --

こういう天才的な話術をもった人の話を聞く場合は、細部にとらわれてはいけない。 煙にまかれてしまいます。
途中は聞いても聞かなくてもいいです。 で、結局「最終的に何を言ったか?」だけに注目しておいてもそう間違いはない。

私が思う「格差」とは、その格差から抜けだそうとしても、ぬけ出す方法すら分からずに途方にくれているひとが多いってことだ。 実際にどれだけお金を持っているかじゃない。 希望があれば、裕福な人を妬んだり嫉みしたりしない。自分もやがてそうなると思うから。
他方、世の中、皆が皆、才能ある奴ばかりじゃない。 この歳になるとわかるが、能力なんて、生まれ持ったものが大きい。 九九くらいは誰でもできるかも知れませんが、例えば微積分になると篩い落とさなくても落ちてく奴は多い。 数学の才能はともかく、しょーもない奴も居る訳だ。 しょーもない奴もそうだが、今は多くの普通の人まで途方にくれている。 それを突き放して「自助自立」せよという。 それで、貧困層のスパイラルに落ち込んでも彼は「自業自得」だと言う。
才能あるひとそれなりに、なくてもそれなりに暮らしていけるビジョンを提示するのが国家じゃないの? 国はそんなの知らん、自立せよ、って言うなら、国なんか要らないじゃん。 税金、払わんぞ〜ぉ!
って、はい、彼は NWO 支持者です。あ、彼は住民税払ってないのは有名でした。
2016/7/26

津久井事件の犯人ですが典型的なワークニの立法府の長の信者でネトウヨと言われてます。
Twitter のアカウントは残っていて、彼の心の闇を垣間見ることができますが、壊れていて悲しくなるるので見ない方が良いです。 26歳らしいが、僕らの世代でいうとその発想は中学校程度です。 自分が底辺に追いやられて不満なのはわかる。 ここまでは人として正常反応。 昔なら、左方向に誘導されたのかも知れませんが、彼は見事にネトウヨに誘導されてます。 そんな流れに巻き込まれてもどこかで「違うだろう?」と気がついて、方向転換。 自らの道を歩き始めて欲しいんだが、私の経験でいっても巻き込まれている奴をその流れから救い出すのは言うほど簡単じゃない。 それに最近の彼らの手法は、心理学が応用されており、以前ほどシンプルじゃない。
時代は否応なく人を巻き込む
それに自らが洪水に耐える大木の様に、大木でなくても良いですが靭やかにかわしてその流れが収まってもそこに居続けるには、心の中にアンカーとなる原体験が必要だ。 思想とか行き方とかは、後からそれが形になったものだ。 それ以前はもっと言葉にならない体験だ。 私なら母親とか祖父や祖母の愛がそれになる。 友の純真な気持ちもそれに含まれる。 なんでも良いが、それを否定してしまったら、自分が自分でなくなるようなあるものだ。 その時、自分の心が感じたものと、今目の前にあるものとを比較すれば自ずとその価値は決まる。流されそうになっても思いとどまることができる。
母親の愛とか言っても、今の子は「いい子にしてないと愛されない」訳で、そんなのは知らんわなあ。知らん奴には、想像もつかんだろう。 それにして「いい子にしてないと愛されない」なんて、なんて罪作りなんだろうと思う。その子の一生を台無しにしかねない。 仮に無償の愛の母親であっても、現代はそんな母親も働かなくては生きていけいない。 更に追い打ちをかける。 そんな母親から子供を取り上げ、保育所に入れ見も知らぬ人に預ける。 もう少し成長すると、義務教育という洗脳装置に通わせる現代の社会は残酷だと思う。 洗脳装置と書くと、大げさなようですが、私には子供は居ませんが、友人知人の話を聴くと、今の義務教育は我々が受けた義務教育とは似て非なるものであることが分かる。 世代にも因りますが、私の頃は戦後まもなくで、失われた人材に変わる人材になりうる才能を隠れ持った子をなんとか見つけようとしていた時代だ。 学校教育はずっとシンプルだった。 今はそうじゃない。 今の教師、不祥事を起こす教師が多いが、今の教育、学校に、自分で解決できない矛盾を抱えているんだと思う(教師にならんでよかったと思う)。 例えば「三権分立」を真に受けてそれが正しいと思うと、今の社会は変じゃん! とか言い出す奴がでる。それじゃあ、困るので表向きは三権分立となっていて(テストではそう答えるんだが)、実際は(諸般の事情を鑑みて)既存の社会権力に逆らわない生き方をするような人に教育する訳だ。 こういうと、韓国の時代劇に出てくる朝鮮の教育見たいですね。 ホントの民主主義を教えることなんか以ての外だ。 矛盾することを矛盾と感じないこのような思考を「二重思考」とか呼ばれますが、はっきり言えばサイコです。 優秀な大学を卒業して立派なところに勤めて、あなたには優しく、親孝行な息子に成長したとしても、その子は社会で悪辣非道なことを平気でするサイコになっているかも知れんのです。
話は飛ぶが優秀な人材を見つけ、育て登用して適材適所を行えば社会は良くなる。 日本はもっとずっと良くなり、国力も増大するハズだ。 仮に今の権力からは外れるとしても、新しい権力者は古い権力者をそうそう無下には扱わない。古い権力者ももっと良い日本でその人も幸せに過ごせるハズだ。
誰も不幸になる人は居ないのに、なんで、そうしないんだろう? と昔は疑問に思ったものだ。
これは国に限らず、企業でも然りだ。
軽井沢にきて分かった。その企業が独立した企業で、社長がほんとに偉いならそうなる。ところが社長が社内でどれだけ威張ろうが、ホントの権力者は社長じゃなくて、往々にして裏に隠れている。 企業ならオーナー様だ。なんだ?オーナーって。 仮に、そのオーナーが一番偉いなら、そのオーナーを説得すればそうなる。 しかし、そのオーナーがどこかに(どこだ?)属していて、その使い走りなら、そのオーナーを説得することはできない。 その使い走りのオーナーに、直接間接は問わず、命をだしている奴らを説得する必要がある。 and so on で帰納法を適用。 同様に日本が民主主義国で主権をもった独立国ならそれも可能だ。しかし宗主国が居るなら、宗主国を説得する必要がある。その宗主国にももっと上に権力者が居るとしたら、その権力者も説得する必要がある。 つまりこの世がそのような権力支配構造になっているなら、それ幻想ですが、その幻想を信じている人が多いなら、そうそうそうはならない。 そうはならないし、そこで行われている民主主義は、似非民主主義で「お前らがアホだから世界は良くならない」という根拠を提示する手段に過ぎなくなる。

話は戻して、子供の頃は当たり前と思っていても、大人になって得られる「原体験」は感動を伴う。 人を変えるのは、感動だと思う。 彼らはそれを知っているから「似非感動」を作り出す。 一人の個人には働きかけにくいので、もっぱら群衆という塊をつかってそれを実現する。 オリンピックとかは分かりやすい。 SNS も群衆のようなものだ。

2016/10/13

法の下の平等

以下、憂さ晴らしなのでスルー願います。
「法の下の平等」の考え方は、確か中学校の時に習ったと思う。
Wiki には、国民1人1人が国家との法的権利・義務の関係において等しく扱われなければならないという観念、とある。 日本国憲法14条にも記載されているが、当たり前の事だ。
以前なら実質はそうでなくても、表面的にはそう装っていた。 ところが、最近は装うことさえしなくなった。 ダブル・スタンダードを隠さなくなってきた! どーしちゃっただよぉ。それどころか、マスコミがそれを見ても報道すらしない。
日本、壊れてきました
事例は山ほどある。
近々では「白紙領収書」の件だ。こんな明々白々なのに、なんでこれ騒がないの?
#ところで甘利はどうした? ってのが twitter で標語になってましたが、これも酷かった。
東大生が起こして事件で神主会? が推す山谷えり子の甥だけ不起訴になった事件もありました。
古くはナベツネさんが運転免許を不正交信したってのもニュースになってましたが、こんなのは今から思えば可愛いものだ。 報道されてない物って山ほどあると思う。

これは身分制度を固定化しようとする動きだという人も居るが、私はそうは思わない。 国会議員だけの特権意識かといえばそうでもない。 同じ国会議員でも単なる期ズレでつかまりそうになった人も居る。 単にわーくにの司令官ととその愉快なお仲間だけの話のようだ。
ま、でも、こーいう人たちはいつのどんな社会にも一定量は居るものだ。 本当ならこれじゃ駄目だよという声が大きくなって安定を保つんですが、マスコミが今は報じない。 報じないどころか、逆に今の世の中は斯く斯く云々ですと、その流れに乗らないとひどい目に会うよと遠回しに脅しをかける。結局、彼らのやりたい放題。
騙されるB層もB層ですが、B層は昔からこの程度だ。
ホントの事はそのまま報道してそうそう理解できんし、昔から掻い摘んで報道していただけですが、今は掻い摘んで、嘘を刷り込む。一番悪いのは、騙すゴミ。
マスコミを支配していると言われる広告会社はもっと悪いかも知れません。 そういうレベルでいうと、広告会社を陰で支配している更に上が悪い、という流れになります。どんどん遡っていけば「彼ら」だ。 そういう人は表に出てこない。 表で実際に現場で仕事しているのはマスゴミ。 変な圧力があったとしても、実際はともかく原理としては屈することなく突っはねることもできる訳で、とりあえずマスゴミが一番悪いといってみても、そうピントが外れている訳じゃない。
学生時代、新聞を読み比べて朝日が一番おもしろかったので、それから何十年も購読し続けた(結局、凄い金額を貢いだ計算になるなあ)。読売は前からこう。今と大差ない。 その朝日がこうなるなんて予想もしてなかった。
ちなみに、東スポも読んでましたが、最初は実名。 この頃は説得力あった。次にイニシャル。更にはイニシャル1文字じゃあ、東スポも実名報道のネットに太刀打ちできません。 週刊誌という文化もありますが、週刊誌はホントに知りたい話題は結局、寸止め。 文春の裏には○○○がいて、新潮は○○とバレちゃいましたから、今はもう全く説得力がない。
東スポや週刊誌はさておき、優等生は、力に弱い! 結局、ホントの知識じゃないんだよな。
マスコミが自分たちの使命を忘れているのと同じく、公務員も自分たちの使命を忘れている人が増えている。 医者も然り。 教師も大学教授も酷いよなあ。ネットにはうんざりするくらい情報が流れている。 他の職業も一緒かも知れん。 一言でいうと「日本が壊れてきた」といえるのかも知れませんが、一緒くたにはできない。 マスコミは第四の権力と言われるくらい、社会的に重要な使命がある。 ネットを見ない一般国民にとっては、彼らこそが情報源で頼みの綱だ。 なので、えぐり出される巨悪はさておき、目先で一番悪いのはマスコミだ。
○○○さんのお兄さんも大変だ!
○○○さんと言えば、ファンだった堀潤さんは、フクシマの後 NHK やめちゃいましたね。随分昔の話ですが。 今はネットでも活躍されてます。

2016/10/20

思考停止アンカー

今日は半分以上本気モードで、キリッ!

それを言うとそこで思考が終わってしまうパワーフレーズがある。
水戸黄門の葵の紋章みたいなものだ。 私は勝手に思考停止アンカーと呼ぶ。
相手の思考を停止させるための杭だ。
例えば「財源がありません」とか。 これは、相手がそれについてよく知っていると機能しません。 財源がなければ、そりゃあできん。というのは、当たり前ですが、他の軍事費(正確には防衛予算)が増えているのはなんだ? というのはさておき、一見当たり前の事ですが、良く考えると、論理的には積極的な意味はなにもないフレーズです。 私が良く例で出す「ソクラテスは死ぬ」と同じだ。 それがどうした? と一歩突っ込んで問えば良いのに、何故かそこで思考停止して黙ってしまう人が多い。余っている予算なんかあるわけないじゃん。
思考停止アンカーがあると、そこから思考が先に進まない。
少し前「小沢は金に汚い」とか言うのもありました。 これは嫁さんがなにかの拍子にオザーさんの話になったら、その友人が発した言葉。 お前、オザーさんの知り合いか? 実際は何も知らないのにそう思い込んでいる人は多い。 縄文土器のような顔ですよねオザーさん。 好き嫌いはさておき、冷静にみるともっと汚い人はあちこちに居るだろうに。 期ズレで捕まって、なんでコーンヘッドは捕まらない? オザーさんといえば、田中角栄を思い出しますが、その田中は「金権政治」とか言われて5億円貰っていたみたいですが、実は20億円以上貰っていた別の政治家も居たらしい。もうバレてます。 ま、印象操作の結果、それが思考停止アンカーとなってしまっている。
「少子高齢化」に周りには数多くの思考停止アンカーが打ち込まれている。
単にそれに即した社会システムに変えていけば良いだけだと思うんですが、 やれ、年金が不足だの、労働力が足りなくなるのでやれ移民を入れろ等、社会保障費が足りなくなるので消費税を上げるとか、直ぐにそういう硬直した議論になる。 それらを1つづつ解きほぐしていき、原因を探れば解決策はあると思う。

もうお気づきの通り対大人の思考停止アンカーは主にメディアによって作られる
全部が全部メディアって訳でもありませんが、メディアは作る。 作られて、植え付けられる。実に巧妙に。
犬あっち行けーのNEWS だと次のパターンが多い。
先ず、言葉遣いが明瞭だが、多少高尚な言葉遣いを行う。 一般人からするとその実態は良くわからない言葉遣いだ。 何言ってるんだか分からないと言うと「無知なお前はそんなことも分からんのか!」と言われそうで、突っ込みにくい微妙なレベルを突いてくる。 以前は新聞を読んで補えと言われてたレベル。 で、誘導する結論もはっきりとは言わないが、そういう印象に導く。 視聴者は良くわからないけれど、きっと○○なんだろうと思い込む。
無知でもいいじゃないですか。無知を無知なままの状態に留めておくことは、無知であるよりずっと悪い。ソクラテスに言われるまでもない無知の知だ。 無知なことを自覚すれば、知ることが出来る。
民法のバラエティは、もっと分かりやすく面白可笑しく誰でも「そうそう!」と思うような事例を繋げて、最後の最後に冷静に脈絡を終えば全然必然性のない結論に導く。 非常に姑息な手だ。向こう側の陰謀論サイトもこの手をよく使う。 真実を混ぜておいて、信じ込ませておいて、最後に誤った結論に誘導する。
週刊誌も似たようなものだ。 色々暴露するんですが、結局は寸止めなので、結論は仄めかすだけだ。
ネットは合ってようが間違ってようが、寸止めは少ないので、検証は比較的し易い。 玉石混合なので、検証は必要だ。

ある思考停止アンカーがあったとしても、メディアがガンガンそれを垂れ流したとしても、それを自分の頭で検証すれば、どの程度それが正しいのかわかる。そうすると、まったく当てはまらない状況でそれを出されても機能せず、思考停止には至らないハズだ。 でも、現状を見渡すと、思考停止アンカーは効いてる。十分効いてる。 この背景にはどんなことが隠されているんだろうか?
はい、別に隠されていません、私は今の日本の間違った教育制度が原因の過半数を占めている、と思う。

で、そこに行く前に、もっと小さな思考停止アンカーについて述べる。
1.小さなものまで含めると、思考停止アンカーは至る所に存在する。
例えば、最初の打ち合わせでスーツを着て行かない。 それだけで「ああ、こいつは○○な奴だ」と決めつけられる場合もある。 そこで小さな「思考停止」が起きる。 打ち合わせの内容自体の方が大切でしょう? と私は思うんだが。
そりゃあ確かに第一印象は悪い。私でも悪い印象を持つ。 しかし、この第一印象がコヒーレントなものなら、内容に因っては十分挽回できるハズなんだが、思考停止が起きると挽回はできない。 そう、思考停止した場合はデコヒーレントが起きている。 でコヒーレントが起きているので、他の可能性が考えられなくなる。
2.思考停止アンカーはデコヒーレントを呼び起こす。

更に話は本筋からは逸れますが、肝心なことがある。
この日記の読者に誤解されている人が多いので言いますが、デコヒーレントが悪い訳じゃない。
デコヒーレントさせないと話が先に進まない。 きっと、一生、考え続けてそれで終わる。
身を固めようとするなら、それが良いかどうかは別にして「身を固める!」と強く決意してデコヒーレント圧力を高めないと一人の女性に決まらない。 因みに決意したらなら、ホントに決意したならそれも「思考停止アンカー」となり得る。なので、思考停止アンカーもそれ自体でひたすら悪いものでもない。 もう少し言うと、例えば我が家の線量計測値が 0.2μSV/h だったとする。 その事実も思考停止アンカーとなる。 事実を事実と認めなければ、思考は先に進まない。 しかし、だからといって我が家がホントに0.2μSV/h とは限らない。 その値が異常だと思うなら、もう少し丁寧に表現して、その事実にそう「意味付け」するなら、そう計測された原因を探せば良い。事実には意味がない。それにどう意味づけするかが、肝心。
衝突でも戦闘でも良いのですが、もし事実に意味があるなら、それ悪いパターンの思考停止になっていて、事実だけを捉えていない。 まあ、言葉とはそういうものですが、頭の中では事実とその意味は分けて考えないとクリアにならない。
元に戻って、意味づけするにも、事実を事実として認めないと先には進めない。
間違ったデコヒーレントはともかく、上手くデコヒーレントさせることはとても有効である。
私が大学でデデキントの切断公理を最初に教わった時、ちょっと感動した。 実数直線はどこで切っても(切断)、その切断した箇所の点はどちらかに含まれるって、ただそれだけすが、デデキントはそうデコヒーレントさせた訳だ。 そこ結果、それを使って実数論が動き始めた訳だ。
正しくデコヒーレントさせることが肝心。 誤ってデコヒーレントさせると思考停止アンカーになる。
コヒーレントな状態からどうデコヒーレントさせるか、そこには必然性はない。 傾向はあっても、確実にそうなるという必然性はないのがミソ。

これは完璧な余談だが、
どっこい、昨今は目の前の事実を事実として認めらない人が多いので焦る。 この状態の儘、その人に言って聞かせるのは無理と思う。 がしかし、その人だって猿じゃない。状況が変わればその人も理解できると信じる私は単なるお人好しかも知れません。

話はずっと戻って、教育の話。
私はホントは教育者になりたかったんですが、なってたら今頃問題教師で免職くらってますね。
先ず、丸暗記させることははそのま思考停止アンカーを打ち込むのと一緒と思って良い。 無理せずとも、覚えられる人(偶に居ますね)は含まれません。 歴史なんかは、マジに教えると血腥いんですが、面白すぎて子どもたちは直ぐに理解する。理解すれば、年号も詳細はともかく、凡そ推測できるようになる。 が、今の教科書じゃあ無理だ。
内容自体はともかく、授業が面白ければ、そこに参加した生徒はその授業自体が「楽しい体験」となり、無理せずその体験は覚えられる。というか楽しい体験は忘れない。授業を楽しくやることは大切だ。
そもそも、なにかを覚えて(丸暗記という意味ではありません)これまでできなかったことが出来るようになる。自分ができることがどんどん拡がっていく訳で、その過程は、人は楽しいハズだ。これは人間が本来持っている本性だ。 私は学校が楽しくて仕方なかったんですが、そうじゃないとしたら今の教育はどこか人間の本性に合わない部分がある。
幾つも思い浮かぶのが今の教育制度。
理科や数学は義務教育程度なら、答え(公式とその使い方)なんか教わらなくても、問題意識さえ湧けば自分で公式を導き出せる。 勿論効率よく授業で行うには、教師の適切なヒントやアドバイスは必要としても。 そうすると、完全に自分の頭で考えることが出来るようになる。 答え(公式とその使い方)を教えるにしても、丸暗記じゃなくて理解させることが必要。 それにはホントに良く理解している教師が必要だ。 丸暗記勉強で教師になったような教師じゃあ教えられない。
そうして、正しさにはレベルがあるので、どういう意味で正しいかを言い出すと面倒ですが、内容とは無関係に楽しい授業なら、あれなんだっけ? と思って、授業を思い出しそこからその答えを辿れるなら、それはそれで意味がある。 よく分かってない教師が出来ることは、ただ楽しく授業することだ。 丸暗記させると、思考停止アンカーになってしまう。
それらよりも酷いのが生活指導をふくむ学校教育全体の雰囲気だ。
ちょっと変わっていると問題児扱いされかねない。 統計的にみれば標準的な生徒の姿が描き出されるとしても、個々の生徒をよく見ると、みな特別で変わっている。標準生徒は一人もいない。 一人、一人を良く見ないからそう錯覚するだけだ。
「問題児」という言葉は、単純な事実を指す言葉ではない。 事実は観測値が統計的に中心から外れているだけだ。 それを問題児と呼んだ時点で、すでに、良からぬ存在として「意味が」付け加わった思考停止アンカーになってしまっている。 今、私が児童なら多動症とみなされて、薬でおとなしくさせられていると思う。 そこでの対応を間違えると、ほとんど間違ってますが、その生徒なり児童の自然な有り様(存在)を否定することになる。 性行為自体は悪いことじゃない。 でも相手が嫌がっているのに強要したらそれは犯罪でしょう? 問題行動を是正させるのは悪いことじゃない。 でも、その生徒なり児童を嫌がる方法(自然な有り様の否定)で是正したら、そりゃあレイプしたのと同じだ。 別に殴らなくてもそれは「暴力」だ。虐めと同じだ。 憲法で保証され、侵すことにない永久の権利であるとされる基本的人権の侵害だ。
多くの教師はそこまで考えず、頭のなかでは問題行動を是正しているつもりで、頭の中とは別に実際には犯罪に等しいことを行っている。
当人はそんな犯罪を勿論肯定している訳ではない。 憎むべきことと思っているに違いない。 当人が思っていることと実際にやっていることが違う。 お互いが矛盾することを気付かず平気でやってしまう、このことは既に名前が付いていて、二重思考(ダブルシンキング)と呼ぶのは最近知った。ジョージ・オーウェルの1984年にあるらしい。 一種の洗脳状態を指し示す言葉だ。

では、否定されて問題行動を是正された生徒や児童はどうするか?
正しくは、猿や犬じゃあるまいに、その生徒や児童に正しく理解させれば良い。そうすれば自ら問題行動を起こさなくなります。まあ、それができないから無能な教師は強制するわけです。
多くの場合、強要される。つまり、否定されるわけですが、そうされた子供は、その問題行動を隠すようになります。 その教師の前ではやらなくなりますが、直った訳じゃない。 一般社会でも隠すかも知れません。ヘタすると自分の心の中でも隠すかも知れません。 精神分析でいうところの抑圧で、無意識にそれを追いやることができます。
もし意識内にとどまっていたら話は早い。 きちんと信頼を得られれば、本音でそれを語ってくれる。 とことが、無意識にまで追いやられていると当人にもよく分からなくなる。 某か、モヤモヤ感が残るだけだ。 どこが分からないかのかさえ分からない、決まらないコヒーレント思考だ。

さて、話はもどってメディアが思考停止パターンを埋め込もうとしても、もしその人の思考が意識内に残っているなら、直ぐに検証することが出来る。 財源はないと言われて、一度は納得しても、じゃあ消費税はどこに行った? と直ぐに疑問が湧く。 ところが、無意識にまで追いやられていると、ほとんど検証しようもない。 なにか変だとは思っても、もはやその疑問に切り込む力は残っていない。 それどころか、周りを見渡してみてもその思考停止アンカーが機能していれば、自分のそれに乗ろうとするのは、ごく自然な振る舞いだ。 加えて、今は、苛めで誰か死んでも、苛めた方の親が偉いと被害者の方に非があったとされかねない。酷でぇ〜っ世の中だ。 こういう事実を目にすると、それが思考停止アンカーとなって、残るのは諦めだけだ。

よって、メディアが埋め込む思考停止パターンを機能させるには、まだ個人が確立しないうちに、その人を否定して、その人が持つ正常な思考回路を無意識に追いやることが非常に有効である。 それが洗脳なら、正気の子が残って大人に成人するとマズい。 当たり前の教育なら、貧民の子でも希に能力をもって生まれて、試練を上手くかいくぐって大人にまで成長する場合がある。 おバカな為政者にしてみたらこういう輩は面倒を起こしやすい。 味方なら自分の地位が危ないし、敵なら手強い敵になる。 その為には、学校教育は徹底的に理不尽なものでなくてはならない。 理不尽な目に遭わせて、反応したら素早く叩く。 英国がインドを植民地支配していたころ、優れた子供は手首を切ったのと一緒だ。
今の教育が国力を上げるためのものであるなら、早い時点で才能をもった子を見つけ、優れた環境を与えその能力を伸ばそうとするだろう。 そうではなく、教育が属国としての従順な民を生産するための、洗脳及び洗脳の準備としたら、合理的に教育したのではマズい。 本質的に理不尽なものである必要がある。 そういう場所で育った子は、自分が日本画属国で自分は奴隷であることさえ気が付かなくなる。 そういう目で現在の教育を眺めてみると、実に理にかなった合理的な行政が見えてくる。
これは、学校行政に限ったことじゃない。
もし社会を誘導しようとするなら、国民を幸せな状態にしておくとマズい。 日本人は自分が偉くなろうと思う人は少ないが、個々人は自分で色々考えて、勝手なことをし始める。 それを防ぐには、1.先ず、考える時間を与えない。 次に、2.理不尽な行政を行い、苦しめる。 その溜まったエネルギーを為政者に向くとマズいので、適宜思考停止アンカーは必要だ。で、3.その溜まったエネルギーを為政者が望む方向に導くという手順が必要です。 この時、望む方向に導くには、その準備が必要です。 日中の戦争は無理でも、小競り合いに導きたいなら、前もって中国と対立するように仕向けておく必要があります。 向こう側の指示でデンツーさんがやっているという話ですが、見事なモノです。

以上、現在の絶望的な状況の一つの側面を思考停止アンカーを中心に表現してみましたが、希望がない訳じゃない。
私は楽観主義者。多分、真正面から理屈で言っても無駄だ。 そうじゃなくて、なにが肝心な思考停止アンカーになっているのか分かりませんが、その幾つかを解して開放することができれば、後は放っておいても一気に進みそうな気がしてます。 これはこれで似非陰謀サイトで、最後に誤誘導するんですが、それと似たようなことが起きないとも限らない。 ネットの覚醒者も油断していると知らない間に既知の外になってしまっている場合も多い。 それを防ぐには、正しい「思考停止アンカー」は打っておく必要があります。 新しく、今の時代に合った奴を。 あとから、それにを見直しても十分に耐える奴だ。

他方で、心配事がない訳じゃあない。
放射能で知能がやられるってのがニュースになってました。 火星に着いた頃は、もう脳は宇宙線でボロボロらしい。
昔の人の思考力には屡驚かされる。 1つは十分に思考する時間があったこと。 それに今みたいに義務教育で若いうちに才能が摘み取られないこと。 もう1つが、今は情報の量も幅も広い。 これらが組み合わさって、現代人の思考能力が劣ってきているのかと思ってましたが、たしかに放射能という要素もあるかも知れん。 最近、そう思うようになってきた。 だとしたら、個々人が死ぬのはさておき、人類が生き残って明るい未来を築くには、早いとこフクシマを片付けて、原発や核兵器を終結させる必要がある。

2016/10/25

自発的隷属論

今の日本人を揶揄した言葉だ。最近ネットでときどき目にする。
現在の多くの日本人をみていると、たしかに自発的に隷属しようとしているように見える。
ですが本人の意識としては隷属しているとは思ってないんじゃないかと思う。 普通の社会人をやっているとか、空気を読んでいるとか、いい人をやっているとか、その程度じゃないかと。
フィリピンのドゥテルテ大統領だと最初にガツンとやっておいてから、交渉で引く処は引いて大きな成果を引き出す。 これとは、真逆に見える。こちらがいい人を演じれば、無条件に向こうも良い条件を出してくるじゃないかと甘い期待を抱いているように見える。出す訳ないじゃん。図に乗るだけだよ。
その結果、社会に暴動が置きたりせず、なんたってトライキも起きない! デモも非常に大人しく、ある程度安定しているのは確かだ。 その結果、上の方はやりたい放題、腐りに腐り、下層の生活は苦しくなる一方。 金持ちは益々金持ちになるという超格差社会を産んでしまっている。
自分が我慢しても社会がよくなれば良いと思っているんでしょうか? それとも、その犠牲的精神をみて相手が改心して優しくしてくれるとでも思っているんでしょうか? 大人なら、他人に期待しすぎと思います。 子供なら「いい子にしてますから、優しくしてください」と虐待されている子供に見える。
そもそも、いい人を演るとは、いい人を演じている訳で、根っからいい人じゃないんだ。 空気を読むのも、恣意的に読んでいる訳で、根っからそういう人じゃない。 普通の社会人をやっているというのも、根っから普通の社会人という訳ではない。 面倒を起こしたくないと思ってるのは分かるけれど、仮面(ペルソナ)の生き方だ。 無理してる訳だ。 悪い人じゃないけれど、別に取り立てていい人でもない。 何より、誤認している。はっきり言うと間違ってる。 イノシシなら、こちらが攻撃する意志がないのを示せば襲ってきませんが、相手が食いに来ているライオンならどうする? 食われて終わりだ。
ライオンなら自分が満腹になればそれでそれ以上殺戮を行いませんが、グローバル経済なら際限がない。 田舎に生えている山菜も、1つ残らず収穫して都会で売りさばく。 で、田舎から山菜が消える。
私には、統合失調症の一歩手前に見える。

2016/11/8

いよいよ大統領選ですね

FBI は、起訴しないなんて発表するし、なんだガス抜きか。 でも、バレちゃったのでお婆さんが当選したとしてもその後大変です。 日本は関係ないよと思っている皆様、どっちに転んでも属国はモロ影響受けますよ。

その属国のお金持ちの皆様「もう、貧民とは関わりたくない!」とお考えのようです。 なにか起きたら、こういう場所が真っ先に攻撃対象になりそうな気がする。
軽井沢にもこういう別荘族、希にいらっしゃいます。 成金ですが、仲間を集めて中で変なことやっている見たいで、笑われてます。 由緒あるお金持ちは普通にしてます。 別荘の境は塀を設けない、つくるにしても軽く生け垣で作るのが軽井沢ルールです。

さて、有名なブロガーで○玉ブログさんが居ます。 発言のところどころに光るものがあって(ときどき可笑しなことも言うんですが)、独創性もある。 金融系がやたら詳しいので、外資系にでも勤めてたのか知らん? この方、まだ若いのに将来を読んで、田舎( 長野の茅野の方?) に早々と移住されてます。 ところが、この人の記事で「八ヶ岳エコーラインの超えられない壁  茅野、原村、富士見で移住者におすすめできないエリア」というのがあります。 希望をもって移住したハズが、移住者と原住民の間が上手くいかない。 そのトラブルを書いた記事です。 頭はかなり柔らかいと思うんですが、この人でも駄目なんですね。 「保守」を理解してないのが致命傷。「優れ主義」を引きずってます。 優れた人が、どんどん何かを始めるのは良い。自分たちだけ、ってのがマズい。 本人は気がついてないかも知れませんが、見下したところがある。 それ、前から彼のブログを読んで、気になっていたところ。
この記事を読んでみると、軽井沢はかなり雰囲気が違う。 軽井沢の住民は、同じ長野でもかなり違う。 よそ者を受け入れてきた歴史が長い。 もともとグンマーの人も多いし、純粋な長野じゃないかも知れない。 人口も2万人を超えて、別荘族を抜きにして考えももう半分以上が、よそ者です。 私の軽井沢での友人、知人はジモティとあとから移住してきた人達とで半々程度かな。 ジモティはそう簡単にはよそ者を受け入れてくれませんが、受け入れてくれると超優しいよ。 受け入れると言っても、距離感は大切だ。移住者はジモティと同じことはできない。 ジモティもそれ望んでいないと思う。
例えば、「都会じゃこうなんだよ」というのは良いが、その時、田舎者をバカにしないことだ。 そのとき優れ主義が見えると、途端に地元の人は心を閉ざす。 それがなければ「都会の人は、不自由だねぇ。でも都会じゃ、そうする理由があるんでしょう」で終わる。 ジモティから見た移住者は「変な奴だが悪いヤツじゃない」程度がお互い気持ちよく暮らせる距離だ。近づきすぎず、離れすぎない。 「自分とは違う生き方だが話せば分かる」をやるにはコミュニケーションが大切。 彼奴等は話しても分からん!とやってしまうとそこで終わる。
中には移住組だけとしか付き合わないという移住組もいらっしゃいますが、つまらないと思うぞ。 以前も書きましたが、西洋人って孤独ですよね。 孤独していると、なにかあると直ぐに追い込まれるぞ。
ま、オイラ、都会から軽井沢に越してきましたが、もともとは田舎モンだし、今住んでいるところもジモティが済む町中じゃないのが良いのかも知れません。 以前、土曜日にチェンソーやって別荘から苦情が来たが、私がトラブルとしたら別荘族の方かも知れん。というわけで、取り敢えず犬の散歩で別荘オーナーさんと合うと挨拶はするように心がけている。 どういう奴が住んでいるのか顔が分かると、許せるケースも増えると期待して。 はい、こういう変なのが住んでます。

2016/11/11

米国でカラー革命

ソロスが資金を出して、暴れている人がいるみたいです。 トランプで不満な人たちが、こんどは自国でカラー革命だ! シリアの次は米国です。 で、カルフォルニアは独立する!って言い出してるみたい。 以前から米国は5つに分かれるのが自然って言われてましたね。
わーくにのしれーかんは、早速会いに行くみたいですが、この間 CSIS の指示? でスルーしておいて、今更どんな面さげて行くんでしょうか? CSIS のメンバーは横田政府と被ってますが、こういう人の言いなりって、 お隣の国がシンクタンクにカルト教団を利用してた!って問題になってますが、日本も似たようなものに見える。

それはそうと、ヒラリー候補の敗北宣言が意外に人気です。
女性に人気かな? ということは、それだけ虐げられている感を持っているんでしょうか? > 女性のみなさま
で、私は英語のニュアンスは良く分かりませんが、日本語訳だけあまり考えずに読んでいると、なるほどそれなりに格好良い。 わーくにのおエライさんもこのくらいしれっと演説してくれよぉ。 「水を飲む」「周りを見渡して同意をもとめる」のアンチョコなしで。 ですが、早速資金をスイスとカタールに移したとかウィキリークスされているのを見るとなあ、信じる気にならない。 どちらかと言うと、極度のサイコパスに見える。 まだトランプの方が言葉に心があるように見える。 サイコパスオバサンだと仮定してのことだと思いますが、
ネットで誰かが発言してました。 オバマ政権を受け継ぐのはトランプの方だろう? オバマは立場が弱くて、異質なものをも受け入れてしまい思うように自分が望む政策を進めることができませんでしたが、ホントは平和路線を望んでいたんじゃないかと。危ないのは、ヒラリーの方だと。
始まってみないと分かりませんが。

2016/11/16

胡蝶の夢

CSで放送してたので観た。 最初 DVD レンタルで見た時はもっといい映画と思ってたが、そうでもなかった。 私が大人になったせいか?
人は成長するものだ。ん、劣化?
この女優さん、どこかで見たと思っていたら、ラッシュでニキ・ラウダの奥さん役をやった人らしい。
パット見、2つテーマがあって、1つは「人生なんて夢のようなものだ」というのは良いとして、もう1つは、個人の人生のテーマと、自分の愛する人との生活だ。 これが両立できなんだなあ。 そもそも両立できないってのが変なんですが、ちょっとサイコパス入ってますよね。 統合失調症気味だ。 もし、両立できないなら、私なら迷わず後者を取ります。 人生の意味とか功績なんかなくてもいいよ。 生きた痕跡なんか残さなくても、幸せにフツーに周りの人も幸せにして暮らせればというのが私のスタンス。
そうは言うもののやりたいことはある。ないわけじゃない。 矛盾しない限り続ける。矛盾したら迷わず、後者を採る。
主人公は前者を取ったのかなあ。それでも最後、夢のように終わってしまう訳です。
何れにせよ、人生なんて一瞬だ。 やりたいことがあるなら、直ぐにやらないとあっという間に爺さんだ。
胡蝶の夢どころか、胡蝶が存在したかどうかさえ「この世」では不確かだ。

2016/11/17

陰謀論の入門

トランプ氏の当選で、その解説で外人がよくTVに出てます。
昨日は、ジェラル○・○ーティスが出てた。 アー○○ージとかマイ○ル・○リーンとか、○ート・○ャンベル。 親玉は、○ョセフ・○イと言われてます。 検索されたくないのでここでも伏せ字にしましたが、グリー○さんは緑虫さんとか、ネットスラングで語られるときが多い。 よく言うと、親日派とか知日派とか呼ばれている人たちですが、悪くいうと横田政府とか言われている人たちです。通称「ジャパンハンドラー」です。
良い機会なので、名前とお顔を覚えておきましょう!

さて、上の方の人は誰でも知ってますが、実は日本は独立国ではありません。
もしあなたがそれを知らないなら、あなたは上の方の人ではなくて、あなたは上の方の人と知り合いではないか、知り合いのその人が、それを知らせるとあなたを傷つけるかも知れないと気遣ってくれているか、はたまた、あなたをいわゆるB層として利用しているか、... でしょう。田舎に住んでいて、上の方の人を全く知らなくても、ネットをみれば最近はどこにでもあります。
ま、軽井沢では常識です。
史上もっとも上手くいった植民地支配と言われてますが、独立国のように見せかけて、宗主国はリモートコントロールする訳です。 以前は日米構造協議というのがありましたが、これは鳩山さんが廃止しました。 よく暗殺されなかったもんだと関心しましたが、代りに降ろされました。 今は、総督府の官僚の主要なメンバーが赤坂の山王ホテルに呼びつけられて、次どうするのか細かく指示されるようです。
機密保護法や戦争法案、それにTPPもそうですが、突然出てきて違和感を感じませんでしたか?
総督府へ細かく指示するには植民地の実情を把握しておく必要があります。
以前「YOU は何しに日本へ?」というTV番組で、ソ連時代のロシア人ですが「スパイしてました」と答えてて、思わず笑ってしまいました。 日本に潜入している諜報部員は米国のシーアイエーだけで、数千人規模と言われてます。 軽井沢にも1人や2人は居る計算になります。 彼らに協力する日本人エージェントはもっと多いと思います。 有名どころでは「ポダム」というコードネームを貰っていた人がいます。 誰だか知らないひとは、検索してください。
彼らも普段は日本でフツーにビジネスしてます。 ドン・ニコルズも日本では軍人として諜報活動してたとカミングアウトしてますが、表の顔はレース黎明期に日本と米国とのパイプ役で親しまれてました。 当時は世界一だった米国の自動車部品を輸入して売ってました。 ず〜っと以前は宣教師を装っていたのと同じです。
米国だけじゃなくて、世界中から来ています。
いくら宗主国様が指示しようが、純粋な愛国日本人はそうそう言うことを聞きません。
有名な反抗手段は、サボタージュですが、あまりやってると駄目な奴として更迭されます。陥れられて失脚する場合もあります。一番酷いのは、暗殺です。
そこまでするか? って、フツーの日本人なら誰しもそう思いますが、彼らはフツーの日本人とは違います。日本人どころか人じゃない見たい。なので感情を持たない爬虫類型の人間「レプティリアン」と呼ばれることも多い。サイコパスの一種と思います。
それ以前に、フツーの日本人はそんな偉いポジションにつこうとはそうそう思わない。 芸能人も同じですが、典型的な日本人は有名人になろうとは思わない。 なので、そういうポジションにはフツーの日本人じゃない人を使う場合が多い。 善い人じゃなくて、どちらかと言うと嫌われている奴だ。 なので、部落民とか在日とかフツーの人が忘れている存在が、陰謀論では一気に注目されます。 これ、日本にかぎらず、植民地支配では屡使われる手法で「マイノリティ支配」と呼ばれています。 ソ連革命後のソ連の主要メンバーはロシア人じゃなかったのも同じです。
以上簡単に、陰謀論入門を書いてみました。 そもそも「陰謀論」というのは、シーアイエーが作った言葉で、陰謀論者=おバカな奴、という意味で、あれ? と思う人を「思考停止」に到らせるためのアンカーとして機能します。

さて、これまで「ジャパンハンドラー」と呼ばれる人達は、どちらかというとヒラリー側の人で構成されてました。 でも、当選したのはトランプ氏です。 米国も一枚岩じゃない。 今後、この人達の処遇がどうなる、ちょっと、見ものです。 楽観論としては、トランプが日本に関心を寄せず、日本が本当に独立する、というのがあります。そうじゃなければ、新しいハンドラー達が送り込まれるかも知れません。 最悪のケースは、今のハンドラーたちが行き場を失って、日本に居残り、これまで以上に好き勝手やることです。

2016/12/22

ダブルバインド

Wiki は こちらこっちの方が 分かりやすいかも。
だいたい有名な現象は既に誰かが見つけて、名前を付けている。
統合失調症と関連があるとされる。

理論の内容

1.2人以上の人間の間で
2.繰り返し経験され
3.最初に否定的な命令=メッセージが出され
4.次にそれとは矛盾する第二の否定的な命令=メタメッセージが、異なる水準で出される
5.そして第三の命令はその矛盾する事態から逃げ出してはならないというものであり
6.ついにこのような矛盾した形世界が成立しているとして全体をみるようになる
という状態をいう。
肝心なのは、3, 4, 5 だ。
6 は結論で、1,2 は前提みたいなものだ。
本来はこういうのは違うと思うんだが、今ネットでは普通に言われている「向こう側」の奴らが使う弁証法の正反合のようなものだ。 ま、ヘーゲルが安易に定式化するからこういう羽目に陥る。
5 で特定の方向に誘導するために、3 は否定から入るのがミソ。

これを子離れできていない親の子に当てはめる。
子離れできない親というのは、この子は全くもうなにも自分じゃ出来ないんだから、 と甘やかす。 子は自分でなにかやろうとしているのに、つい親が出しゃばる。 そのように、甘やかされた子は、益々何も出来ない子になる。 親は、自分の(この子は何も出ないという)認識を更に強め、更に甘やかす。 斯くして、閉鎖回路が出来上がる。
という例だ。

1.ダメダメそんなことしちゃ危ないと禁止する
急に道路に飛び出すとか、熱い薪ストーブに触ろうとしたりしたら、そりゃあ一旦は全否定すべきだが、次の瞬間に、道路に飛び出すとどう危ないか? 熱い薪ストーブに触ったらどうなるかを理解させるのは勿論だが、 道路に飛び出したくなったら場合は、どうすれば安全に飛び出せるのか、薪ストーブに触りたくなったら、どうすれば良いのか、その子が自分で判断できるようなる、つまり最後は「肯定」で終わることが肝心。
ところがダブルバインドでは、そうしない。全否定のまま終わるのが特徴。 特徴というか必要なんですけど。 後でみるように、じゃあどうすりゃ良いの? という疑問には真正面からは答えない。
ただ、「機嫌を直してもらうには、大人しくするしかない」と悟る。

2.そろそろ自分でできなくちゃね、と放り出される
やっと訪れた千載一遇のチャンスは失敗する。
これまでなにも自分ではやらせてもらってないんだから出来るわけがない。
出来る方が可怪しい。ま、偶にこっそり練習でもしてて出来る奴が居ますが、普通はできない。
案の定失敗する。で、やってみてできなかった訳だ。 それを真に受けた、子供は 1 で生じてたモヤモヤを自分で閉じ込めることになる。
1 の時点では、親が否定するからできなかったんですが、この時点では自分がそれを為すにふさわしくないのが原因で、できなくなる。
親に歯向かう為の牙はここで折られてしまう。 その子をダメ人間にしたいのなら、ここで止めておいてよいかも知れない。
そうじゃなくて、親が自分の意のままになる子にしたいなら次の1ステップが必要となる。

3.やっぱり、親の言うことは聞かないとね
そのモヤモヤを親の都合の良い方向に誘導する。
具体的には、親の言うとおりさせて、上手くいくことを体感させる。
かくして、親の命令は絶対となり、運が悪いと、そいういう状態をノーマル世界と勘違いすることになる。
これで、親の愛情が必要な子供を、それを利用して親が子供を自分のペットにすることが可能になる。
でも、これが可能なのは親が子に成功体験をさせることが出来る場合だ。 そうでなければ、いい加減、子は親を見捨てて独り立ちする。 正確にはホントに独り立ちするにはまだ力が足りなくても、自分の人生をめちゃめちゃにした親をこれ以上欲することはせず、捨ててしまうのは間違いない。

ここで彼(子供の方)が何人居るか、数えて見ましょう。
ここでの1人という単位は、完結はしていない。 完結は指定内が、それぞれ他の状態とは違う、不整合な人格というか精神状態の断片だ。
最初に、親の愛情を必要としている素のその子がいます。 親の愛情を与えられて成長し、いろんなことに興味を持ち、自分でそれをハンドリング出来るようになりたいと願っています。(1人めの彼)
極自然な状態だ。最初はだれでもだいたいこうだ。 希に業をもって生まれた子は、幼くして強烈な個性を見かけ上発揮する場合がありますが、だとしても中心にあるのはこの姿だ。
生命の本質だ。 人の心が成長し大人になるには、体が成長するには多くの食物と運動が必要ですが、それと同じように、大量の愛を必要とする。 子供はほぼ無限の可能性を有して産まれ、あらゆるものに興味を持つ。それを理解し扱えるようになることは「力」を手に入れること。 可能性が現実としてでコヒーレントする。 多くの力を手に入れて自らが自らの生き方を決まれるようになることは、「自由」を手に入れるのと一緒だ。 まず最初に最初なのは親の愛。 育って行くにつれ多くの人の愛が必要になる。 大量の愛を糧とし、初めてそれ(大人になって自分自身の道を歩めるようになる)が可能になる。歩み始めた彼はまた、他人に多くの愛を与えることが可能になる。
可能性を追求する → 生命の本質なんですが、可能性を実現するには大量の愛が必要になる。
ここまでは誰でも同じ。

ところが、次に、それを全否定されてしまった子供が居ます。(2人目の彼)
この子は、最初の自然な状態での自分とは違う。 愛を突然断ち切られ、全否定されてしまった子は結構凶暴です。 例えば、兄妹が同じようなことをしようとするなら、自分が親からされたのと同じようにそれを制する。彼らだけそれが許されるのは我慢ならない状態です。 このとき親やから暴力をもって否定されていた子は、他人にも暴力を振るうようになる可能性が高い。
それを許すことは「自分だけ愛されていない」ことを認めることになりますが、それはイコール、自分は存在意義がないことであり、その子としては決して許される状態ではない。 親が自分を制するのも某か「特別な理由があってのこと」と仮定するしかない。 彼はそれがどんな特別な理由かは理解できないが、大きく見れば愛に違いないと。

次に牙を折られ、自らの無能を証明してしまった子が居ます。(3人めの彼)
この段階では、自らが自らを縛り否定するので、他人が成功していてももはやそれを羨む気持ちも起きないかも知れない。 親との関係でいうと「親の期待に添えなかった子」だ。 最初の否定は全否定でも、今回は多少なりとも自分に期待してくれた。 にも拘らず、それに応えられな子は辛いぞ。 鬱病になっても可笑しくはない、自虐的に絶望に近い状態だ。

その絶望の縁から、彼を救い出すのは、またしても親だ。
突き落としたのは親にも拘らず、そこでの成功体験は、親の権威を上げる。 その権威の元、自らは親と同じような力を得て、その世界で活躍できるようになる。 新しく、生まれ変わった彼がそこに存在することになる。 その彼は、もはや産まれてままの素の彼からは遠くはなれた存在になっている。(4人目の彼)
今や彼は親の意に従うものであり、そんな彼を親も受け入れるであろう。 親と子は和解し、子は、ようやく欲しかった親の愛を手に入れる。
このようにして、4人目の彼が、1〜3番目の彼、彼の精神(心)の断片を充分統合するなら、彼は4番めの彼をつづけることが出来る。

これな、分かりやすく親離れできない子(子離れできない親と同一)で表現してみたが、この子の部分を「人」として親を「神」とすると、結構楽しい。 あなたも哲学者になった気分を味わえるかも知れない。

と延々書いたが、冷静に俯瞰すると、これって今の言葉でいうと親の自作自演でしょう。 人と神はともかく、市民と社会、奴隷と支配者、99%と1%の関係もみな同じだ。

ここでいつもの話題に戻る、「発症しない統合失調症」だ。
その統合が、社会的成功につながる、ってことが肝心なことが分かる。 言葉を変えて言うと、統合の仕方はあまり重要ではない。 オートポイエーシスのネットワークは適当だ。 どんな統合を行うもの勝手ですが「社会的に成功」に結びつかない統合は、統合できたとしても社会的に成功してなければ、結構辛いぞ。 したがって、親や権力者側、はたまた1%が提示する統合方法は、つまりは「いい子でいなさい」「善良な市民であれ」であったり「お仲間になれ!」ってことですが、それを採用すると発症しない統合になる可能性はぐっと高まる。 高まるんだが、その統合に正当性を担保するものではない。 発症しないからといって、実は人格異常者やサイコパスでないという保証なない。 その統合を受け入れてしまった為に、失った多くのものを犠牲にしており、それは本来の彼ではなかも知れない。 本来の彼の方が幸せだったかどうかは分からないが、いま得ている幸せも、よく考えるとなんなのか良くわからないものだ。 今の彼は本来の彼じゃないとしたら、その幸せはだれのものなのか、主語が不明だ。 それでも、子を育て生命を繋いでいく。 その行為自体は、生命そのものであるには違いない。

2016/12/16

アレッポ大虐殺

私が見ているサイトは、twitter だとフォローしている人は、「向こう側の勢力」に関してその存在を疑う人は少ない。 また、ホに関してはかなりマズいぞという共通認識を有している人が多い。
にもかかわらず、今回のシリアの問題はかなり意見が別れて面白い。
ヒラリー vs トランプの場合は、圧倒的に反ヒラリーが多かった。 ですが、アレッポはかなりそんな人達でも意見がかなり割れる。

アレッポに関しては、全く真逆な2通りの報道がされてます。
1つは、アレッポで市民が殺されて大虐殺が行われているという立場と、そうじゃなくて占領されていたアレッポをシリアとロシア(+イランもかな?)の勢力が奪還し、市民を開放している、という立場だ。
虐殺と開放、真逆です。

どうも、アサドがどういう人物か、まずそこが重要みたいだ。
それは BBC がアサドは酷い人権侵害をやっていると報道したところから始まる。
その報道を真に受けてアサドは拷問する奴って刷り込まれている人は、「アレッポ大虐殺」が行われているという報道を信じる。 普段は結構冷静に読み解く人でも、ダメだ。 人権侵害する奴ってのが相当効いているみたいだ。 過敏に反応して頑なに信じる。
陰謀論者じゃない人はこっちの立場の人が多い。 自分は頭が良いと思っている自称インテリは得に多い。 日本共産党の書記局長の小池さんもこっちの立場の一人だ。 おいおいおいおい、共産党さ〜ん。
他方、BBC の報道がイラクの写真をつかったフェイク・ニュースだったってことを知っている(いつものパターンだ)人は、そうじゃない。シリアとロシアの側の報道に分があると判断する。 アレッポ大虐殺が行われているんじゃなくて、いま正に、南京大虐殺と同じように「アレッポ大虐殺が捏造」されている瞬間だとみなす。

私は後者の方が、整合性が取れていると思う。 私が騙されているとう可能性は否定しませんが。
逆に、前者の人はどう考えているんだろう? と不思議に思う。
不正選挙はあったかもしれませんが、ともあれアサドは正式な占拠で選ばれた大統領だ。 シリアは主権国家。 そのシリアが認めているのは、ロシアとイランだけだ。 西側が空爆することなんか認めてない。にも拘らず、勝手に攻撃する。 国境を無視して攻め入る。
誤爆でしたといって、シリアのインフラを壊す。 ピンポイントで攻撃できる兵器をもちながら、それはないでしょう? 一度ならまだしも、なんども間違える。
反政府側には、武器と資金を提供する。
IS が乗っ取た油田から産出した石油を売りさばく。
私には、相手(アサド)が酷い奴なら、なにをやっても良いという風にしか見えない。
丁度、パナマのノエリガ将軍が急襲されて拉致されたように。
煙草を吸う人は人間とは見なさないように。

ここからは全くの想像なんですが、アサド大統領は英国で医師をしてた。
で、ヨーロッパから軽井沢に来ている人に(超金持ちじゃない)若い人に訊けば分かるが、欧州には身分制度というか階級があって、1%が99%を牛耳っていることは当たり前の話だ。 日本人にはこういう話をしても分からん奴が多いので彼ら自らが切り出すことはありませんが。 頭では理解できても日本人にはわかりにくい感覚だ。
アサドは英国で医師をしていたとしても、イギリス人じゃないし1%でもない。 向こう側に組み込まれている人じゃなかったとしても、1%が何をやるかはよく知っていても可笑しくはない。 1%の凶暴さ、ずる賢さは理解していた可能性がある。 お花畑の人ならともかく、そいそこ優秀な判断力をもっているアサドは、どうやって、「彼ら」がターゲットの国を転覆させて乗っ取るか、彼らのやり口は知っていると考えた方が理に敵う。 だとするなら、その企みを嗅ぎつけたなら、そうそうお花畑な事は行ってられない。
その彼が、親から呼び戻されて祖国を任された。
でパイプラインや石油利権で凶暴でずる賢い「彼ら」から狙われたとしよう。
秘密警察を作ったのは周知の事実だ。 で、彼らの手下を捕まえた。 フィリピンのドゥテルテ大統領が、問答無用で麻薬に関わった人を処刑して大きな成果がでたのはつい最近のニュースですが、アサドも彼らの手先と缶がられる囚人に多少手荒い扱いをしたのかも知れない。 日本でオームがあれだけのことを企みながら、破防法が適応されなかたのは、もっと酷い売国奴が居るからだと思いますが、売国奴の刑は極刑と相場が決まっている。 国内の対立ならまだしも、外国勢力の手下になって祖国を売り飛ばす訳ですから、その比じゃない。 アサドが、捕まえた売国奴に対して、酷い扱いをしたとしても、それはそれある程度は理解できる。 もしかしたら、捕まえられた売国奴も罠かも知れません。 捕まった奴がホントに売国奴であろうがなかろうが、仕掛けた国があるとして、その仕掛けた方の国からすれば、アサドが囚人に対して酷い扱いをするのは「人権問題」を世界に訴えてアサドに対して非難を集中させる絶好の機会になる。 それでアサドの政治的基盤がそれで弱くなれば、それだけ簡単にシリアを転覆させ乗っ取ることができる。
という訳で、私はアサド=極悪非道 というのは、シリアをのっとりたい側の印象操作の線が強いと思います。 BBC の報道に使われた写真はイラクのものだった。 今は、画像検索ができるので、ちょろっと修正しただけじゃあ、直ぐにバレる。

人権問題といえば『天安門事件』が有名ですが、それも最近になってバレてきてます。 アメリカが弱くなるともっと出て来ると思いますが、あちこちから情報が出始めた。 超簡単に言うと、あれは、主犯はシーアイエーで(もっと上かも知れませんが) それに扇動された間抜けな学生が暴れ、それを沈静化したことで江沢民が評価され成り上がる訳ですが、実は江沢民もシーアイエーとグルで売国奴だった、ってオチです。

人権問題となると、直ぐに過剰反応する人がいるのは分かる。
「基本的人権」は、人間の尊厳にそもそも関わる問題だ。良く分かる。
こういう話をすると、いつも最初(前提)にまで話は遡る。
その人が持つ 人間観に及ぶ問題だ。
そもそも、こういう巨悪を企む人が存在しえるものか? という話になる。
日本人には居ない。 精々、公金を横領したり、キックバックを要求したり、その手の小悪だ。 日本に住み始めて日が浅く、or 何某か理由があって迫害されて、日本に十分馴染めず、日本を理解できないまま、おいしい話をぶら下げられて、ポチになる奴も居るかも知れませんが。 ま、その程度。
それでも「統合された人」なら、絶対無理だ。
そうではなくて、サイコパスと呼ばれる特殊な才能をもった人なら、それは可能(サイコパスの使い方はこれで間違ってないと思う)。
洋画にはよく出てきます。
私が映画を良く見る理由の1つもここにある(直接知り合いたくないもの)。
映画に出てくるサイコパスは大体一人で程度は大したことありませんが。日本人には居ないタイプ。 少なくとも私はそんな人と出逢ったことはない。
イギリスの諺でこういうのがあるみたいですが、 午前に殺人を犯した後でも、午後は平気に家族と団欒し善良な社会人ができる人だ。 私の言葉でいうと「発症しない統合失調症」に分類されますが、軽いのなら日本人にも大勢いますが、サイコパスと呼ばれるほど、分裂が極端な例は見たことない。 見たいとも思わないし、関わりたくありませんが、そういう人が居るのは居る。間違いなく居ると思う。
壊れている!というのは簡単ですが、どうしてそんな人が存在しえるのかはまだ良く分からない。

そういえば、ポロミウムで暗殺されたアラファト議長も普段は穏健な顔をされてましたが、興奮して喋っているときは凄い迫力でした。 あのくらいじゃないとパレスチナをまとめられなかったのかも知れません。 言われてみると納得する部分もある。
サイコパスはそんなもんじゃない、もっとずっと凶暴でずる賢い。

アサド大統領が極悪非道かよりも、そもそも、サイコパスと呼ばれるような人が存在しえるものなのかどうか、から始める必要がある。

余談:そういう人が居ると私が言い張ると「お前はそれで虚しくならないのか?」と良く質問されます。 なりません。
なぜなら、逆方向に、つまり善い人で、もっと凄〜っ人が存在する事を知っているからです。マジ、想像を超えて凄い人。 人はこれだけ気高くなれるんだと思うような人。 今の若い人は直ぐに使うのであまり使いたくありませんが、人間なんだけど神のような人。 正規分布からすると、そういう凄い奴が居るってことは、逆に凄い悪い奴も居るって事なんですが。 なので、普通の人しか知らない人は、良い意味でも悪い意味でも偏差をハズレた人を知らないんだと思います。

2016/12/16

不時着

この人理系なんですが、

NHK昼のニュースは不時着だと伝えた。トラブルが発生してパイロットが不時着を選んだという。意図して着水したらしい。乗員5人が2人けがだけですんでいるそうだから、そうなのだろう。墜落というと意図せず落ちたと聞こえる。死者が出るような地表接触をイメージする。そうではなかったらしい。
放射能汚染ではご活躍で、有名な○○マップとか作った人です。 そっちでは私も大変高く評価しますが、これ読んでいると理系の限界を感じる。 同じ理系でも、武田先生の方が、思想はともかくずっと人間的に上と思う。
この人、ヤバいツイートは後からどんどん消しちゃったし、まあ、優秀な先生だし、そういう人なんでしょう。 ともあれ、意見をいうことは悪いことじゃない。 多分、もう少し歳を取ると変わるような気もするが、..せんかな?
かくいうオイラも理系なんですが、それはさておき。

技法としては「ダブルスピーク」という技法らしい。
ちょっと前なら首切り → リストラ、昔なら敗走→転進、占領軍→進駐軍とか有名ですが、最近だと、ってもうかなり昔になってしまいましたが、アンダーコントロールかな。 コントロールされているのは騙すゴミと、B層なので、間違いじゃない。 景気は緩やかな回復基調にあるってものありますね。

2016/12/26[an error occurred while processing this directive] 2016/12/26

星は3つ半、★★★☆ だ。
ハッピーエンドなら星4つでもよかったんですが。
最近展開が読めてしまって、映画がつまらなくなってしょうーがない。
「君の名は?」と「シン・ゴジラ」を観たら、観るの止めようか知らん?

退廃的な10代の抑えの利かない強烈な怒りと暴力は、どこでどうやって生まれるのだろう ?
と誰かがカスタマレビューで書いてましたが、そんなもの決まってる、社会が歪んでいるからだ。 暴力に関しては、切り口は全く違うけれど、時計じかけのオレンジ [DVD] と似たようなものだ。
アメリカはサイコパスだし、ヨーロッパは心が病んでる。
病んだ感は良く出ている。 原初的には親との間だと思いますが、社会との間に、極論を言ってしまうと「自分の良心との間」の信頼関係が全くない。 多くの戦後生まれの日本人が上手く体感できていないのは「階級制度」だ。 アメリカの奴隷制度は肌の色も違うし、やり方も極端なので分かりやすいのですが、 こちらは肌の色はあまり変わらないしもっと陰湿なので分かりにくい。 同一民族内(じゃない場合もありますが)の奴隷制度だ。 士農工商と誤解する人が居ますが全然違って、こちらは日本人にはわかりにくい。
でもな、○○さんが言ってましたが、ジーンズはブルーカラーのシンボルでホワイトカラーは以前なら決して穿かなかったらしい。 とろこが久しぶりにあったホワイトカラーの人がジーンズ穿いていて驚いたって。 アメリカもサイコパス婆さんじゃなくて、トランプ氏が受かった。 世の中、変わりつつあるのは感じる。

2016/12/27

日米安保条約

昔は冷戦構造で明らかにソ連だったんですが、今は仮想敵国は中国らしい。
侵攻してくる国があると仮定すると、日米安保条約は必要、という結論に至るのは理解できる。 そもそも、日本の国内の法律じゃあ、ヤクザにショバ代を払って守ってもらったら良いヤクザ、悪いヤクザに拘らず犯罪でしょう? 国レベルではいいんかい? という疑問は残りますが。
だとしたら、仮想敵国が我が国に侵攻する意志がないことが証明されれば、or 反対に侵攻することが証明さるでも良いですが、ここが明らかになれば日本人の意識はかなり集約されそうな気がする。
武田先生が言うように軍隊ではなく他国では一切の戦闘行為を行わない「自衛隊」という選択肢は妙手と思う。

そもそも敵国があったとしても、それが政府がみなした仮想敵国と等しいとは限らない。
それに、良い用心棒ならまだしも、悪い用心棒ならどうする? 悪い用心棒は仮想敵国とグルかもしれないし、実際に侵攻してくるのが仮想敵国じゃなくて、用心棒として入り込むために仮想敵国をでっち上げているとしたら、どうする? ホントの意味での日本に侵攻してきているのは、用心棒というかその仲間ということになる。

侵略しないと口で言っておきながら、侵略してくるかも知れないとも言う。
たしかにそういう奴は居る。国家と国家の「信頼」の問題になる。
以前の共産主義は身の回りの身近な共産主義者から判断するに確かにそうだった。 立場が弱いとペコペコしてますが、立場が変わって向こう強くなると急に態度が変わって こちらに強制してくる。 「人してどうよ?」と思うが、それはスマートなというか、頭の良い方法というか、何事も相対的なもので絶対的なものなぞありゃしない。「状況が変わったんだから変わるんだよ」、つまりそういうもんだと、曰った。 私の周りの共産主義者は正直者だったので、こうして親切に教えてくれたが、ホンモノの共産国の連中はそう親切とは限らない。私も彼らは信頼するに足りるとは思わん。 彼らとやりあうなら、常にこちらの立場を上にしておく必要がある。
「状況が変わったんだよ」というのはとても便利は言葉だ。 永遠の愛を誓っても「状況が変わったんだよ」と言っちゃえばおしまいだ。
蛇足ですが、今もソ連だと思っている人が多いですが、今はプーさんのロシアですから。 日本と戦争した帝政ロシアでもありません。 それに、中国もなあ。 文化大革命の頃は、共産主義、絶頂でしたが、今はあれ、共産主義か? というような共産主義国家だ。
最悪のことを想定しておくのは悪いことではないかも知れない。
これプラトンの「国家」的発想だといえば、確かにそんなことは書いてあったような気がする。それに、その場合、バカには決して武力を持たせるな!とも書いてあったと記憶するが。

以前の共産主義者以外にも信用できんやつは居る。
例えば、口で言うことと、やることが違うのはサイコパスの特徴だ。
IS を殲滅すると口では言いながら、武器と資金を提供するとか、分かりやすい。
身近な例では、 TPP に反対と言いながら、ぶれない○○○と言いながら、真逆のことを通してしまうのも1つのサイコパスだ。その1つ前の政党も同じですが。 社会福祉を充実させると言いながら、消費税率を上げたにも拘らず福祉予算は削減するとか、列挙に暇がない。
マニフェストを破るなら、有権者は党に投票するという、小選挙区制の政党政治の理念と矛盾する。そしたら人に当方する以前の中選挙区制の方が余程マシだ。
話は戻して、確かに、相手がサイコパスなら、その言葉を信頼するには値しない。
言ってることとやってること、一致しているかどうか見極めること大切です。
「信頼に足る相手」でその相手と「信頼関係を結ぶ」ことができるなら、その言葉は充分信頼に足る。 我が方の代表者の方々は、1%はともかく99%の国民に対してはとてもじゃないが信頼に足る人々ではありませんが、外国のそれぞれの国を代表する人と「信頼関係」を結べる人なのでしょうか? 外国の代表者も1%を代表する人なら1%同士、信頼できるのかも知れません。 いや「彼ら」は平気で仲間を裏切るし、安心はできない。 日本に利用できるものが残っているうちは平気としても、その信頼は99%の為になるもんじゃない。 ましてや、外国の代表者が1%を代表してないとしたら、私は難しいと思うぞ。
巷言われているように、日本がポチなら、ポチと信頼関係を結ぶよりは、(そんなことをしても宗主国様が違う判断をすれば直ぐに覆る、なら)その飼主と先ず信頼関係を結びたいと判断すると思うぞ。

私は20世紀のように武力をつかった全面戦争はあり得ないと思ってる。
今はこんな面倒くさい手は使わない。 侵攻があるとしたら、もっとずっと陰湿な奴だ。裏でやる。
例えば 政府組織を乗っ取ってしまえば、戦争なんかせずとも侵攻したことになる。

最後に、ホントは自国は自力で守るのが筋でしょ?
その国同士が助け合うのは良しとしても、先ずは自国は自国だ。

2016/12/27

軽いサイコパス

サイコパスは発症しない統合失調症だと思いますが、 少なくとも自滅はしないのは、要はそのパターンが今の社会に受け入れられているってことだ。成功者になっている。
これが分かって私的には、ずっと悩んでましたがかなりスッキリした。
そうじゃないと、あちこちで綻びがでて、他人に迷惑をかけ、そのうち自滅する。
例えば、いわゆるサイコパスで裏で凶悪犯罪を起こしたり、政治家で裏では口とは真逆なことを平気で行うようなサイコパスは問題だが、そうじゃなければ、普段は善良な市民だし、世間に受け入れられていている訳で、それも1つの生き方として「何が問題なの」とも思ったりもする。オイラは優しいので。
本来のサイコパスは前者の意味なので、後者を「軽いサイコパス」と呼ぶことにする。
本来のサイコパスは、私には太刀打ちできそうにないのでパス。
問題にしたいのは、この軽いサイコパスだ。
数的には圧倒的にこちらが多い。民主主義では勿論、そうじゃなくても勝算はある。

軽いサイコパスは、成功が続いている限り発症しない。
ですが、成功の維持が難しくなりそうだと、人が変わる。 平気で嘘をつく。酷い場合は犯罪を起こす。
許容限度は 1mSV/h だと言ってた科学者が、311以降は 20mSV/h でも大丈夫と前言を平気で覆す。彼の言葉は信頼するに足りない。
別に個別に言うことが常に一定している必要はありません。
例えば、武田先生もいうことがコロコロ変わるが、サイコパスじゃない。 なぜ、考えが変わったかをこの人は説明することが出来る。 実際、説明している。私はその話を聞いて、全部が全部賛同しないが、彼がそう考えたのは理解出来る。 年を経て、色々経験すると、考えが変わることは普通のことだ。 経験するということは、人が変わるということだ。 「僕と出会ってしまった君は、もう今まで君じゃない!」と言ってみたいものだが、変わらない経験は、経験と呼ぶほどの経験じゃない。 「僕の存在は君には見えないんだね、グズっ」
言うことが常に一定している必要はありませんが、その人の基本的態度は一定でその言葉に嘘はない。
軽いサイコパスの人は、前から本気で 1mSV/h が限度だと思ってた訳じゃないのかも知れないし、思っていても保身で平気で嘘を吐くのかも知れない。 なにが本心なのは分かりませんが、科学者の人格とは矛盾している。 つまり統合されてない。
軽井沢の峠町の佐藤さんの祖先は、上杉側につくか、武田側につくかで迷った挙句、兄妹で別々の陣営に付いたらしい。 さすれば、どちらが勝っても佐藤家の血は残る。 簡単に「保身」が悪いというなかれ。
でもな、ホっの問題は、影響は単に一族には収まらない。 全人類の問題だ。 TPP もなあ、そんなものに加盟したらその国の国民全部が犠牲になる。 その勢力が増せば、向こう側のほんの一握りの人以外の全人類の問題になる。
中身は薄っぺらなのはバレちゃいましたが、一応権威がある人達だ。 世の中で運良く(悪く?)成功して、それなりの報酬を得ている人達だ。
その人達の行動には、自ずと、責任が伴う。
ここぞという時には、その責任を果たして欲しいと願う。
それ、「今でしょ!」

2016/12/28

日本のマスコミがワケワカメなので、

ロシア語が分かる人が tweet してましたが、プーさんの日本国民向けのメッセージでもそう述べていたみたい。でも、日本のメディアは正しく伝えない。 お前たちがちゃんと伝えないなら仕方ないとばかりに、SPUTONIK では日本に島を渡すことはそこに米国MDが配備される恐れが発生するため受け入れられない って、モロに言っちゃいました。トップニュースで。
こちらでも 日本の宗主国の存在について述べてます。 トランプ大統領になってどう変わるか見ものですが、変わったとしても日本は日本として信頼足り得る態度を取る必要がある。

でもな、私は知っているけれど、ここまではっきり書いても、理解しない人はしないんだろうとは思う。
頭が悪いとかそういうことじゃない。 こういう人は聞く耳を持たないので、そもそも「話し合う」ことも出来ないんですが、別に彼自身に信念があるとかじゃないので、状況がかわってそれを認めないとマズい状況になれば、コロっと変わる。
サイコパスの一種なのは間違いない。

他方、トルコのロシア大使殺害ですが、犯人はイラク国内のシーアイエー基地に関連してたのがバレてきました。 足取りを調べるのに携帯の電波を追ったみたいです。 この犯人、トルコのクーデター失敗で一度捕まるんですが、開放されて元の身分(警察)に戻ってました。
今更誰も驚かない結果ですが、この事件の陰にはアメリカが居たってことです。
日本の騙すゴミは決して報じませんが。

アメリカは伝統的な戦争国家です
引用しようかと思いましたが、引用できる数じゃない。
余談ですが、このリストみると、ジミー・カーターがいかにマトモだったかが分かる。
他方では、裏では介入、政権転覆とか暗殺などのミッションも行ってます。
ここ を見ても、戦後だけで次のものがリストアップされてます。
1946年、イタリアの右翼キリスト民主党に資金提供した。
1949年、アメリカ政府はシリア政府打倒を画策した。
1953年、人気があったイランの民主的政府打倒で共謀した。
1954年、グアテマラ政府を打倒した。
1958年、レバノンに介入した。
1961年、悪名高いピッグス湾侵攻を行い、フィデル・カストロ暗殺を50回以上企んだ。
1965年、ドミニカ共和国に侵略し、政権を打倒した。
1973年、 チリのマルクス主義政府に対するクーデター。
ボリビア、ブラジル、コンゴ、トルコ、インドネシア、アゼルバイジャン、エリツィンのロシア、ウクライナの‘オレンジ’革命、ジョージア、そして選挙で選ばれたウクライナの親ロシア政権打倒。そして現在、もちろんシリア。
このリストは、分かっているだけで、裏ではもっと色々やっている。
当然日本も含まれてますが、書いてない。書くほど難しくなかったんだと思います。
これを「ならず者国家」と呼ばずなんと呼ぼう。
凶暴さではロシアの比じゃない。
という訳で、トルコのロシア大使殺害犯人がシーアイエーの協力者だったとしてもなんら不思議はない。やっぱりね、って感じ。

不思議なのは、そんなアメリカを肯定し支持する日本人が多いことだ。
なにをどうするとそんなアメリカを支持できるのか、私には理解不能。
アメリカ国内にも多かったみたいですが、そんな凶暴なサイコパスをモロにイメージするヒラリーが負けて、トランプが勝ったところをみると潮目が少し変わってきたようにも見える。

2016/12/30

日本人だぞ、休暇なんか取るか?

昔、学校で、Who are you ? と訊かれたら、職業を答えろ! と教わりましたが、英語のニュアンスが少し分かるようになってくると、これ違いますね。 ← の日本人なら、それでも良いかも知れない。 彼は、きっと仕事を「道」にして、その道を追求しているんだと思います。
この言い方は少し乱暴で「お前は何者だ?」と訊いているとすると、正確な事実の説明はふようで、要は訊いてきた質問者が次の行為をする決めるのに充分な情報を渡せば良いだけですね。
で、職業を「己の道」にしてしまったお父さんは、仕事人ですから、今風な市民生活をしたい家族にはあまり良いお父さんじゃないかも知れません。 でもな、このお父さん、彼の人格は連続で、私の言い方だと「統合」されている。
逆に、例えばこのお父さんが会社では非常にやり手で、非人間的なことを平気でやりながら、もしかしたら外にも親しいお姉さんがいるかもしれないのに、家に戻ると良い夫であり優しいお父さんだとすると、こっちの方が、よっぽど統合されてない。 統合されていないのに、発症していない。つまりサイコパスってことだ。 分かりやすい例で言うと、映画プリティ・ウーマンの改心するまえのリチャード・ギアのようなものだ。 この人は、口の大きな街のお姉さんと遭って、改心するわけですが、改心した後の彼の方がずっと統合されている。 でもな、それまでの周りの取り巻きからは胡散がられるようになるので、そのあとずっと上手くいったかどうかは、ちょと疑問が残る。
日本だと古くからの「己の道」にしてしまうタイプの人と欧米型の後者が入り混じっている。大企業だと後者が圧倒的に多い。 なので、そういう人が下手に気付いて改心するると、干されてしまう場合が多い。
欧米の人からするとそれでも充分「日本人」かも知れませんが、「己の道」にしてしまった人と比べると、ずっと欧米的だ。ただ、ホンモノの欧米人にはそういう生き方は敵わないので(なぜなら、反応の速さという意味では、明示的にでコヒーレントさせるのは、気がついたらでコヒーレントしている人には敵わない)、余計に時間をかけて頑張っているだけの場合が多いように見える。 それでも以前と比べると、くるくる頭が回る日本人が増えましたが、その人の発言を文字起こししてあとから眺めてみると、意外に薄っぺらいことが多い。

2017/1/23

無題

トランプ大統領の英語は、小学生の高学年レベルといいますが、分かりやすい英語らしい。ナショジオのトランプ番組に出いていて人は、彼はとても頭がが良く、経営者とうよりは業行主です、と話してた。 WWE(アメリカ最大のプロレス団体) の演出のように盛り上げているって訳だ。 そういえば、WWE の誰だっけ? トランプ政権に入りましたよね?
政治は政、祭りの側面があるのは否定しない。 プロレスでも良いですが、問題は「彼の真意」がどこにあるか?だ。
トランプは「アメリカ国民」としか言いませんが、 1%を仮定して、1%とそのお仲間からは外れた人を指すなら、彼が常々主張している事の話は見える。見えるので、ネットでは意外に受けている。 ところが、 NHK は、エスタブリッシュメントとそのまま訳したみたいですが、あとワシントンDCとも表現してましたが、1%の存在を信じない人にしてみたら、日本でも、これだけ痛めつけられて貧民に追いやられていても、まだ自分は中産者階級の「市民」だ。新聞くらい読まんといかん、と思い込んでいる人がいますが、そういう人にはただの品がない右翼にしか見えないのも良く分かる。
でもな、諸兄が武士は食わねど高楊枝すれば勝手としても、あなたの息子やお孫さん。 辛い思いしてませんか? 諸兄が善良な市民なのは良く理解できますが、あなたの子どもたちやお孫さんの世代は、綺麗事の陰で、貧民に追いやられてませんか?
諸兄が現役時代、どれだけ頑張ったか、私はよく知っている。 あなたの子どもたちやお孫さんの世代が諸兄ほど、頑張ってないのかも知れません。 私の世代もそうだ。意気地なしかも知れません。諸兄ほど優れてないかも知れませんが、普通の人が、普通に生きていて、普通に行きられない社会が、21世紀にあり得ないでしょう? 片や、税金もまともに払わず、一生、個人で使うには使い切れない「お金」を稼いでいる人が居る。 可怪しいと思いませんか?
更に、パレードの時、店の窓ガラスを割って、ゴミ箱を投げつけていた黒装束の連中は、プロ市民だぞ。 アメリカにかぎらず、世界中で反政府運動のデモが起きる時、黒装束の奴らが出てくる。 で、扇動して暴動に巻き込もうとする。 彼奴等、○○にも居たよ、□□にも居たよ、とネット時代なので、直ぐにバレる。 週給だと1500ドルらしい。 そういえば、選挙中、トランプ支持者でも暴れている人がいましたが、あれも版トランプ側から雇われた、アルバイトだったてのもバラされてました。 トランプを支持するのはこういう輩だと悪いイメージを植え付けるためだ。 日本にも SEALDs という人工芝がありました。
これらをしかけているのは、表では世界人類の理想、民主主義の理想を掲げる1%側の中心人物達だ。表の顔と裏の顔が全く違う、「サイコパス」の連中だ。 トランプはプロレスでも「サイコパス」じゃあない。
プーさんやエルドアン、ドゥテルテ、更にはなんとネタニヤフも多分、それぞれ主張が違いますが、狸でもサイコパス臭はしない。 本音を語れる同士なら、話し合いでなんとかなるかも知れませんが、サイコパスは本音が幾つもあるので、そう簡単じゃない。
トランプは他国の政権に介入しない! と宣言しましたが、逆を返せばこれまでの政権は介入してた、ってことだ。 表では自由、民主主義、国家主権も含まれますが、綺麗事を並べながら、裏では介入してクーデターを起こしたり、イラクのように武力で潰したりしてきた訳だ。 メールで指示する場合も、正式な政府のサーバだと記録が残るので個人のメールサーバでやってきた訳だ。これをサイコパスと呼ばず、なんと呼ぼう。 日本は表向き平和的に介入されてますが、それすら知らない国民が多い。
話はもどって、アメリカが分裂していると言いますが、少なくとも1%とそれ以外という対立軸なら、今は1%を支持している人でも、真の1%でなければ、トランプのいう「アメリカ人」に含まれると思う。 何が真実だかよく分かりませんが、無条件で彼らを信用する。その呪縛から逃れるとしたら今だと思うぞ。
もっとも、トランプ政権も始まってますが、まだ始まってません。 トランプを持ち上げるのは間違いかも知れません。 ネット民でも、所詮トランプも向こう側、同じ穴のむじなだと分析する人がいます。 そうかも知れん。もう少しすれば、はっきりしてくると思います。

2017/1/27

メモ:ある人達の特徴

一般的には学歴も高く、教養もあり、常識人で信頼もあり、社会的地位も高い。
ある「範囲内」では非常に物分りも良い。

1.綺麗事を言う。
それは、思考停止に至る綺麗事だ。 民主主義とか人権とか差別とか、このパタンは高々有限個のように思う。 皆、そう言うので思わず疑わずに聞き流しそうだが、冷静に聞いてみると、辻褄が合ってない。 しかしながら、色々な反論パターンは予め準備してあって、正攻法ではそう簡単には論破できない。
さりとて、自分の言葉じゃなくて、どちらかというと教養のようなものだ。 想定外パタンで攻めると、意外に簡単に攻略できますが、急に激怒したりして人が変わることがあるので、要注意。下手すると、敵(↓を参照)と見なされます。

2.ある特定の人たちに対して、彼らが酷い目に遭おうが、差別されようが、当然だと思っている。
そこまで至らなくても「軽蔑する」のは当然と思うようだ。
理由はともかく、綺麗事には例外がある。 なので自由、平等とかいったとしても、その綺麗事の対象の人の枠には、軽蔑されるべき人たちは含まれていない。 卑近な例でいうと「喫煙者は人間じゃない」。

嫁さんに言わせると、世の中そういうものらしいが、私にはどうみても言ってることとやってることが違うように見える。1と2が統合しているとは思えない。 まあ、人は表の顔だけじゃない。親しくなると普段は見せない一面もこっそり見せてもらえる。まあ、それも人と人とのお付き合いの醍醐味かも知れん。 喫煙者は臭い、程度ならまあ許せる。 でもなあ、あの人達は 2 で自分たちとは違うと判断した人達の国を平気で空爆し、大統領を惨殺したりするぞ。1と2の乖離が想像を絶するものがある。 銀行の礼儀正しい綺麗なお姉さんが「今日、客でクソ爺がきてさぁ」などと、家にもどってから話ししているのとはレベルが違う。 これで障害を発症しないなら、私はもう「サイコパス」と呼ぶしかないレベルだと思う。

私のお気に入りの一枚ですが、この女優さん。 Minolta、(it's) Just my type. で、すっかり心を捕まってしまってからファンです。 実際にカメラを買うまでには時差があったので、Pentax にしましたが、その時買える身分だったら、ミノルタにしてたかも。


そのキャンディス・バーゲン、ハリウッドの女優にしては結構マトモな発言をしてたと思うんですが、ヒラリーの支持者なんですよね。 そういえば、クリントン大統領の時の祝賀会だかのパーティにも出てた。 両肩がでたドレスで、凄い肩幅だった。 その時は知りませんでしたが、今じゃあどんどんバラされる。 サラエボやコソボ、ソマリアをめちゃくちゃにしちゃった奴だ。 NAFTA を締結したのもビル・クリントン。 当時、日本も良いように手玉に取られてました。
チュニジア、エジプト、リビア、イエメン、そしてシリアと介入してきたのは奥方のヒラリーだ。どっちもどっちだが、まだ旦那の方がためらいみたいなものを多少なりとも感じるのは気のせいか?
ビルの時には、まだ正体バテませんでしたが、もうバレバレなのに、まだ支持者やっている。わけわかめ。 インテリぶりたいのかなあ。出自(これ、あの方はデジと呼ぶみたいですが)が田舎娘はそういうの多い。
ファン、止めちゃおうか知らん?
そういえば今度攻殻機動隊を演るヨハンソンも、その娘さん、セレブ役やるより、半分ヤンキーの田舎娘の役の方が余程似合ってます。知性は感じられませんが。

2017/1/28

そんなことは言わんでも分かっていることだ

これはぐっと説得力がある。
軽井沢で上流階級の方とお話しする機会がある。
私よりずっと年上、でも頭はクリア。社会的地位はずっと上。 軽井沢じゃなければ、お話していただけないような人だ。
曰く、世の中には邪な奴らがいて、裏でひどいことをやっている。 例えば、日本は属国で宗主国様からは無慈悲な要求を突きつけられるわけだ。 そんなことは言わんでも分かっていることだ。 それでもこれまでの大人は、そんなことわかった上で上手に対処してきた。 表向きは上品に綺麗事を並べて
とのご指摘を受けたが、全くその通り。
そのような事情、ご苦労は私のような下流の国民には知らされてなかったんですが、ある一定以上の階級の人はみんな知っていたわけだ。 例えば、官僚は、酷い要求をうけても、陰で上手く対処し、日本国民をまもっていてくれてたわけだ。人知れず苦労してくれていたわけだ。お、さすが上流国民! 立派な官僚だ。 その場合のその人は、そういうものとして世の中を統合しているのでサイコでもなんでもない。 最終的に発表される綺麗事と実際に起きている事の間には乖離があるが、善良は市民を守る為には、まあ、仕方のない事。同時に効率的な事でもある。 良心も正義も失ってない。まあ、「大人」な対応で上品。知的でもある。

ところが、今はどうだ? 例えばトランプ。フィルターをかけて変換しながら聴けば、正しいことも言っている。 でも品がない。言わんでもいいことを声高に発言。大統領としての品格に欠ける。
これもこれで、全くその通り。仰りたいことは良〜く分かる。

昔のこういうやり方と今起きていること、何が違うんだろう?

やり方を見ていると、トランプは今のネット民のようだ。
今のネット民と昔の知的な大人は、そういう意味では共有している事実に大差はない。 ネット民がやれ陰謀論だどうのこうのと大騒ぎするところで、昔の大人は冷静に対処してきたわけだ。
1つは、私も含めて間抜けな「市民」が大量生産されたことが上げられる。
戦後の学校教育で、自由で民主主義な世界を信じて育ってきた世代だ。
こういう世代は世の中のそういう仕組を知ると、そりゃあショックだ。
他方で、向こう側の凶暴さは今と昔、大差ないように思う。 「彼ら」は以前も今も凶暴だ。 そうじゃなくて、我々を代表して彼らと直接接する人達、官僚だったり政治家だったり、はたまたまフィクサーとか、なにせずっと上の方で行われているので良く分かりませんが、そういう人たちのレベルが、そういう意味では低下し日本国民を守りきれなくなってきているのが2番めに上げられる。
昔の総理大臣は英字新聞を読んでましたが、今のシレーカンは云々も読めん。 共産党も世襲制で、実際に社会の底辺で労働したこともない議員が増えているらしい。 向こう側の変化よりも、こちら側の劣化が激しい。激し過ぎる。
3つめに、ネットの発展はどうしても外せない。
以前のジャーナリズムは寸止めだった。 東京でサラリーマンをやっていたころは、週に数冊、週刊誌を読んでいた。 一見、ヤバイこと書いて有りそうですが、イマイチはっきりしない。 ホントにそこまでしか分かってないのかと思ってましたが、今から振り返れば全部寸止め。 寸止めどころか、真逆。向こう側のプロパガンダだった記事も多い。 昔は社会のハイアラーキーの上に行かない限り、知り得ることは殆どなかった情報が、今ではネットで寸止めなしで知ることが出来る。
これまでなら、知っているのは上級国民だけ。
ま、ネットのせいで知らなくても良い奴まで、知ることになってしまった訳だ。

4.これは良いことばかりを引き起こした訳じゃない。
というのは、その人の偉さ、というかどれだけ優れているか? は、本質的にそれ同等に優れた人じゃないと理解できない。他方で、愚かさとかセコさ、凶暴さは、簡単に理解できる。 もっとずっと深いところの巨悪は、そうそう理解出来ませんが、それでも「優れた人」を理解するよりはずっと簡単だ。 その結果、何が起きたか? 社会問題を語る人々のレベルがぐっと下がった。 社会問題にかぎらず、知識は次の知識を産む知的な知識よりも、目先でやくだつノウハウばかり求められる時代になった。これは由々しき問題だ。
5.これはこちら側にかぎらず、向こう側でも起きている。
以前なら向こう側も奸計を巡らすにももっと上手くやったものだ。
日本の属国化はものの見事に上手くいった。 今でも、日本は独立国で、日本人はこんなに凄いんだと思っている国民も多い。 月面着陸も今だに信じられてますが、911なんかもう殆ど崩壊している。 今時、これアルカイダがやったと思っている人は、殆どマトリクスの世界に生きている人達だ。 カラー革命、シリアに至る流れなんか、ほぼリアルタイムにバレる。

6.そんな中、世の中、下品なのでそれをそのまま語れば下品にもなる。
無理な言い換え、建前はもう止めよう。表の綺麗事と実際に起きている事を乖離させずに、もっと本音で生きようという動きが一部から出てきた。
他方では、その動きを、これまで人類が築き上げてきた文明の崩壊になるんじゃないかと不安になる人も要るようだ。 この流れは絶対に防がないと思うみたいですが、4 で述べた流れは必須だ。 そもそもね、これは今に始まったことじゃなくて、例えば、ギリシャ哲学だって何度も滅びているわけだ。 一度滅びても、後日、って遥か後日かも知れませんが、またソクラテスの凄さを理解できる人が現れて、その次代の手法でそれを伝えてきたわけだ。 今まさに文明が滅びようとしているのを防ぎたい人が大切にしたいもの。 民主主義だか、自由主義だか、基本的人権だか知りませんが、それが真に価値あるものなら、ぱっと見、後退するように見えたとしても、そう簡単には滅びないと思う。

私は、もうわかっていると思いますが、極度のニブチンなので、本音で生きるのはOK。 大賛成です。 ただ、嫁さんもそうですが、本音を上手く表現するのは苦手な人が多い。 例えば、夫婦喧嘩は犬も食わないといいますが、罵倒しあっていてもそれ本音じゃない。 ほんとは、仲良くしたい。仲良くしたいというのが本音なんだ。 本音を綺麗に表現する能力は必要だ。 「そんな事は言わんでもわかっている」大人もまだ居ますが、今は随分減ってきた。 精神年齢下がっている。 で下がったら、下がったなりに、それでも本音をただしく表現する能力は必要だ。 建前と本音が極度に乖離しちゃって、今の社会みたいになってしまうのは違う。 いずれにせよ揺り戻しがくるのは必須、いまそれが起きているような気がする。

2017/2/1

それ言っちゃおしまいよぉ、になる?

「そんなことは言わんでもわかっている」って話ですが、
 嵎かっているんなら、それ口に出して言っても良いじゃん」 と私は思うんだが、
世の中どうもそうとは限らないみたいだ。
◆屬修豸世辰舛磴しまいよ」になるケースの方が多い。

が野暮だと言われれば、ほぼ100%オイラも納得はするんだが。 ホントに正しく分かっているかどうか、確認してみたら違うってケースもありうるわけだし。 例えば、ベートーヴェン、この人はしつこい。何度も何度も、なんども確認する。
でもなんで「言っちゃうとおしまい」になるんだろう? B型のオイラには理解不能。
言うにせよ、タイミングとか、状況とか、色々難しいのは分かる。
大勢の前で言うと、誤解する奴が必ず現れるし。お前、そう取る? みたいな。
結果的に恥をかかすことになるかも知れないし。 それに、中には意地の悪い奴がいて手ぐすね引いて待っている。変に利用しようとする輩も湧いてくる。 ジョンダーノ・ブルーノは、当たり前のこと「世界は無限」であることを大衆の前で述べたので、火あぶりになって死んだ。
それに1対1でも、言い方がある。工夫しないと。
変にデコヒーレントさせると、それ間違っているし、そのままの状態で言うのは困難なものもある。そのままにしておきたい「恋心」とか?

さて、先日の雨宮塔子のオリバー・ストーン監督へのインタービューですが、雨宮さんは不思議な魅力をもった女性だ。私のタイプじゃないんですが。 思うに「隠しきれない天然」が良いんだと思う。 小雪の魅力が「隠しきれないブス」ってのと同じだ。
でも彼女らは、隠し通している。
これって「そんなことは言わんでもわかっている」状態だ。

私の知っているネットは寸止めなしなので、 の世界だ。
既存のマスコミ、NHK 等、MSM は△寮こΔ里茲Δ妨える。善良な市民に、ず〜っと楽しい影絵を見せてくれている。

★★★★☆ wowow の録画でみた。
オクターヴ・ミルボーの原作らしい。
この人、サルトルより50年くらい早いんですが、実存主義入ってますね。 知らずにみたら、つまらなくて「なんだこの映画」と正直おもった。
特段、筋もない。問題は色々起きるが、何も解決しない。
マトモな奴は一人もいない。主人公のメイドも少し変。
ただ、画面はめちゃくちゃ綺麗。 結構気合い入れて考えて作られた映画ってことが分かる。 レア・セドゥも最初は性悪ブスなんだが、見ているとどんどん魅力的に見えてくる不思議。おいらも、アキバ系なら要らんが、こういうメイドなら欲しい!
見終わっても、れれ? って感じなんで、録画も直ぐに削除しちゃおうかとも思ったんですが、あとから色々考えさせられて、じわ〜っとくる。 直ぐに削除しないでよかった。
映画には見終わってストレス解消、ただスッキリする映画もあるが、これはまあこういう映画だ。
あまり悲惨だと、観るのも嫌だがそれほど悲惨でもない。
タイプ,寮犬方だ。
昨今、賑わしているトランプもミルボーほど芸術的にでないにせよタイプ,世隼廚Α
これまで、自由とか人権、人道、etc,.. 綺麗事を並べて「わかっているよね」という暗黙の了解でどんどん進めてきたわけだ。 でも、ここにきて実態と影絵の乖離が大きくなりすぎた。 映画「あるメイドの密かな欲望」の時代も格差社会ですが、格差社会というより身分制度が残っていた社会ですが、今の格差はそれより酷い。 身分制度はもう存在しないハズなのに酷い。 殆ど、サイコパスのレベルだ。 多少問題はあっても、大筋でアメリカが変なことをする訳がないと、私も思っていた。
「分かっていたハズ」なのに実は「全然分かってなかった」ってことだ。

トランプ革命、成功するかどうか分かりません。
やっていることが正しいかどうかも良く分かりません。 下手して、ホントにおしまいになるかも知れませんが、今、起きている事は、そういう生き方の人々の反乱だと感じる。 1%とそれを支持する善良な市民 vs 寸止めなしの「本音」で生きるしかない人々の闘いだ。
歴史の車輪は、ゴロッと確実に角度は分からんが、回った。 もう今までの世界に戻る事はない。 このままどこに行くかも良く分かりませんが、この革命が失敗したら、残りの選択肢で楽しいものはあまりない。 WW3 もそうだが、「1984年」の世界もその1つだ。

2017/2/2

私の立ち位置

誤解されているかも知れませんが、ややトランプ側だとはしても、 トランプ全面支持じゃない。
TPP は潰れましたが、FTA の話が持ち上がってます。とんでもない、私は大反対。
誰かも Twitter してましたが、ただ、あまりにメジャーなメディア(MSM)の流す情報が嘘が多い。尽く嘘! 一々訂正していると一日が終わってしまう。 挙句の果てに全面トランプ支持者と誤解されると。

MSM 側が一々揚げ足取りをするので、ネットでは逆に前大統領の揚げ足もどんどん取られてます。 少し前までは、ヒラリーだったんですが、いまその方向は前大統領に向かってます。 ヒラリーは悪く言う人でも、前大統領に関しては比較的寛容な意見が多かったんですが、ここにきて風向きはかわってきた。 前大統領は全てをヒラリーのせいにして、自分は善人面して逃げ切ろうとしてる、 否、前大統領がヒラリーにやらしていたんんじゃないか、みたいな感じにまでなってきてます。
それはさておき、メディアが公平でないのは、例えば、最も他国を空爆した大統領といえば、私も子ブッシュだろうと思ってましたが、実は前大統領で、子ブッシュの10倍くらいやっているとか。 へ〜っ、そーなんだー。 入国禁止にしても、前大統領もやっていた。それも6回も。
同じこと、or もっと酷いことをやったとしても、前大統領の時はなにも言わずに、トランプだとなにをやっても文句を言う。 文句だけならまだしも、酷い印象操作を加えて侮辱しまくる。 個々は事実だとしても、その継ぎ接ぎで、真逆な意味の報道を捏造してしまう。
私はこれ、とてもおもしろい現象だと思って、注目してみている。

簡単に洗脳されるB層はさておき、それ (オバマならなんでもよくて、トランプだとなんでも悪い) を良しとして今声高に叫んでいる人は、高学歴のインテリ層に多いような気もしますが、まあ、現時点ではまあまあ成功してる人が多いように思う。 老人なら逃げ切っちゃった人。 自分の地位(利権)を守るには、必要な事かも知れない。

高校の時の政治経済の教師から「言葉尻にとらわれずに、本心を読め」と教わりました。 綺麗な言葉で言おうが、粗雑な言葉で表現しようが、それはその人の個性。 結局のところの、言いたい事が間違ってなければどっちでも良いじゃんと思うんですが、そうじゃないみたいだ。 汚い言葉を使ったらその時点でアウトらしい。
単なるアウトじゃなくて「それを言っちゃあおしまいよ」的なかなり究極のアウト。

で、一度アウトにしてしまった相手なら、基本的人権も、法の下の平等も無関係になってしまう。軽蔑しほうだい、バッシングし放題。 お前、それ、いつも言ってることと違うじゃん、って、完全なダブルスタンダードというか、二重思考だ。 今度のトランプ事件で、そういう人が炙り出されて、とても興味深い。

2017/2/5

その、トランプ革命進行中

以下は妄想です。

闘いはまだ始まったばかり。
上手くいくのか、どこまでやるのか、全く分かりませんが、進行中。
日本では「へーっ公約を実行するだぁ」と半ば呆れられながら関心されてますが、近々に成果を出さないとどこかの国の民主党みたいに、支持層からは完全に見限られる訳です。 で、やるなら徹底的にやらないと、自分の身が危ない。 あの国は大統領が暗殺される国だ。 きっちり成果を残しつつ、本格的に向こう側と闘うには、その間に体勢作りが必要になります。 向こう側が日本に逃げ込んだらどうしようと心配してましたが、カナダに行こうとしているという噂も。カナダもいい迷惑だと思う。 向こう側は、カウンターでパープル革命を仕掛けてます。 まだ散発的ですが、これが燃え上がるのを防ぐには向こう側の難民という名の傭兵がアメリカに入ってくるのを防がないとです。
騙すゴミは殆どが向こう側。 その状況では、昔なら対応できませんでしたが、今なら Twitter で大統領が直接国民に対して、メッセージを出せる。 電通は偏差値40を想定してCMを作っているみたいですが、トランプも中学校レベルの優しい英語で語りかける。今のところこの作戦は上手くいっているように見える。
他方、西側の諸国をみるとまだ「向こう側」が牛耳っている国が多い。 闘うための体制つくりをしている間の完全孤立は避けたい。 その為には、先ず簡単にでいる日本と韓国は押さえておきたい。 なので、暫くはそんなに酷い要求は言ってこないと思います。
体勢作り、中でも CIA と NSA は押さえておく必要があります。 残っているメンバーの中でも向こう側の手の者が居ますから、そんな簡単には事は進みません。 ウクライナをやったヌーランドもクビになりましたが、外交官もものすごい数が入れ替えになるみたい。 でも知らん振りして忍び込む輩まで完全には排除できない。 昔の日本はどの組織でもしらばっくれて共産党の人が忍び込んたみたいですが、今は○○○○とか○○○○と言われてます。 組織は大きくなると、反対勢力がかならず内部に入ってきます。 そんな事は百も招致なので、まあそれなりに対応はするんでしょう。 どうするかは知りませんが。
で、問題はその後です。どーすんですかねぇ。
徹底的にやるんでしょうか? それとも、どこかで手を打つんでしょうか。 はたまた、和解に応じるとか。 って、彼らが応じる訳がない。
1つ参考になるのはロシアだ。 ソ連が崩壊して、西側に蹂躙されていたロシアを救ったのは、この論理でいうとプーさんだ。プーさんは結構、徹底的にやったみたいだ。 西側に蹂躙されていた頃を象徴する映画がロシアで作られてますが、「向こう側」と手を結んだ自国民、つまり売国奴がロシアで酷いことをやっていたのが良く分かる。 そいつらを片っ端から捕まえたり、国外追放してきた訳だ。 お陰で祖国を追い出されたロシアマフィアは、映画にもよく出てきますが、世界中で悪さしてます。結構、凶暴。 チェチェンも今から考えれば、あれ「向こう側」から援助された連中が暴れてた訳ですね。当時は、私も騙されてましたが。8月戦争も然り。黒幕は「彼ら」だ。
徹底的にやるのは、デコヒーレント思考だからと思ったりもしたんですが、どうもそうじゃない。 日本の歴史をみても、日本でも結構、徹底的にやりますね。 一族、根絶やしにしてる場合もある。 やった後は、やった方も怖いので神社とか建てて、怨念を封印しますが、これは保守系の人だ。 左っぽい人は、もっとずっと冷淡だ。
徹底的にやって、上手く行ったとしても、完全には排除できない。 残った連中がまた、仕掛けてくる可能性はある。 そういうサイコパスな連中が、出にくい仕組みを作らないとです。
他方で、トランプ革命自体が「彼ら」が用意したフェイクというかプロレスって陰謀論もあって、この線も無きにしもあらず。
1つはイランだ。 私が見ているネットでも、イランを入国禁止にしたのが良くわからないという意見が多い。 イランは、プーさんが手なづけてますから、それほど変なことはしないと思う。 イスラエル絡みかなあ。 中国に対しても結構辛辣。 今の中国首脳はプーさんと良い関係が築けているのからして1%側じゃない。 世界の工場で1%を利しているのは確かですが。 他国への介入はもうしないと言いつつも、軍を味方につけておくには、敵国が必要なのかも知れませんが。 こに辺りはもう少し様子をみてみないと、トランプの真意が見えない。

2017/2/5

良心

例によってサイコパスの話だ。
サイコパスの人は統合圧力が低いので全く違う人格をいくつも共存できる。 この人格には普通は凶暴なのも含まれる。 でも統合圧力が、低いと、統合失調症は発症しない。
と、書いて、この文章を遠くから眺めると、統合圧力はそのまま良心 に置き換えらても余り違和感ないのが分かる。 というより、日本語としてはそちらのほうが自然だ。 良心という言葉を使うなら、良心の呵責を感じない人がサイコパスと言えなくもないが、良心という身近な言葉が身近すぎてそもそも曖昧なので、分かり易いが、分かりにくい。 複数の人格をまとめようとする「統合圧力」が弱いといった方が、何が起きてるかが分かる。というのは、その人格の中には、優しい気持ちをもった人格もあるハズだから。 愛する人を幸せにしたいという人格もあろう。 それは自然な事だ。貴方が生まれ持ったものだ。 なので統合させようとすると、必然的に良い人になろうとするハズだし、いわゆる良心的な人になる方向に向かう。 最初に「良心」が存在する訳じゃない。良心=両親、フロイトが言う「超自我」は、親から与えられた良心と説明されることが多いが、そうじゃない。 後述するように、良心から愛されなくても良心は芽生える。 ともあれ、両親との間で築かれた人格、自分の欲求が作り出した人格、学校で植え付けられた人格、悪い仲間と育てた人格、これらを統合させようとするのが統合圧力で、普通は良い人の人格もあるので「良心」となるが、ない人は統合させても良心的な人にはならない。 良心がない人でも、美しい女性につい心奪われたりする訳だ。 何気にペットがかわいいと思ったりする訳だ。 その瞬間を狙って、サイコパスに仕上げる「儀式」は前回述べた。
ついでに言うと「心の声を聴け」というのは、統合させよ、ということだ。 これはこう、あれはああ、とケースバイケースで整理してしまうと、なんの疑問もそこからは生じない。そうではなく、それらを同じ次元で取り出して統合させようとしたときに、生じるであろう○○○を認識せよ、というのがつまり、「心の声を聴く」ことだ。 『統合圧力に身を任せる』ってことだ。
それって、色々な言い方ができますが、難しく言うと「哲学しろ」ってことだ。
もし、薬でこの統合圧力を弱めることが可能なら、統合失調症の人はそのままサイコパスになれます。 そうじゃなくて、統合失調気味の人が真にそこから脱出するには、哲学して自分なりの生き方を見つけて、それが実践できるようになる事だと思う。つまり、多くの他人から、自分自身になることだ。
で、「哲学しろ」とかいうと、なんでも正反合のパターンに押し込めることだと誤解している人が優等生に多い。全然違う。 これがまた、別の人格を作ってしまう。 上手く統合された過程を振り返ると弁証法を知らずとも、結果的に正反合になっている場合が多いが、正反合でできたものが統合されている保証はない。 その増殖する自分じゃない人格が全部の心を覆ってしまうと、最早、ホントの自分を見出す事は殆ど不可能になる。 整理された引き出しばかりのアナトミー人格になる。 そうじゃなくて、自分の言葉で考えることだ。 雨宮塔子の天然が魅力なのも、小雪のブスが魅力的なのも、自分じゃない人格が彼女らの心を覆い尽くしてないからだ。
統合するということ、それはある意味、これまでの自分を、成功した自分だけじゃなくて、失敗した自分も含めて、可能な限り肯定することだ。 取捨選択することじゃない。 で、すっと統合されることはない。あり得ない。 出来る訳がない。そもそも、因果関係なんてないわけで。 「青春」と呼ばれる人生で否応なく訪れるおそらく最初の統合時期は、これまで与えられた人格の分解再編成が可能ですが、それ以降のモノは、分解再構成がこの時期ほど簡単じゃない。 大人になってからの自分は、子供の時のように受動的ではなくて、もう自らの手を染めてしまっているから。 それを統合するとなると、普通はというより、必ず「○○することで」これまでのものを統合する、みたいな形式に至る。つまり、「行為」に至る。 行為することで、つまり「そういう人として生きる」ことで、これまでの全部の自分がめでたく統合されることになる。

2017/2/7

お、トランプ支持者

私は直接有名人を知らない。 そもそも底辺の一般国民だし、軽井沢で隠れてそ〜っと生きてますから知り合える機会もない。 ところが、知人の知人とか、2ホップとか3ホップするとそうとう有名人に行き当たります。
比較的有名人で、トランプ支持者、2ホップで一人見つけました。
今の空気だとトランプを支持する奴は知的レベルが低いとか、レイシストであるとか、差別主義者とか、そういう空気というか、同調圧力が漂ってますから、現時点でトランプ支持者を名乗ることは相当勇気が要る。そういう意味ではこの人、偉い!

さて、政府は無条件どころか、年金まで朝貢する勢いでトランプを支持してますが、 マスコミは相変わらず嘲笑してます。 いつもは、大本営発表ばかりで騙すゴミと呼ばれてますが、ことトランプに関しては、強烈なねじれ現象が起きてます。 で、年金をプレゼントすることには、殆ど触れません。
官邸は「俺たちは支持するけど、お前たちは叩け!」とでも指示しているのでしょうか?
で、とうとう犬あっち行けーのニュースウオッチ9では、トランプ政権の報道対応について、河野キャスターが「ホワイトハウスの意見をそのまま伝えていくと、フェイクニュース、ウソのニュースを伝えることになりかねない」という趣旨の発言をしたらしい。 ホワイトハウスに喧嘩売ってます。大丈夫かぁ、CNN と同じ扱いされるかもょ。 その前に、遠吠えしてないで近くの日本政府に喧嘩売ってみろよ、とネットではチャカされてます。
そりゃそうと、河野キャスターのお顔は初めて目にしますが、左のお姉さんって、朝のニュースから大抜擢された方ですよね。 朝、ハツラツとされていた時は時々観てましたが、その時と比べると、 顔歪んでますし、随分雰囲気が変わられて、一瞬だれだか分かりませんでした。 嫁さん曰く、少しふっくらしただけ。女性にそういうこと言うのは失礼と叱られてしまいましたが、ゴメン、悪気はなかったんだが素直にびっくりした。ヌーランドといい、女性は怖い。 苦労されているのでしょうか?(たまたま、この写真写りだけ、って可能性もあります)

他方で「トランプ支持者はこういう人」という番組も増えてきた。
自動車産業に努めていた白人等が貧困層に追いやられていてトランプを支持しているケースが多いと。そこまでは良いとして、ところが痛いことに、コメンテータが最後に、彼らは落ちこぼれ白人です、みたいな発言をしてしまう。 しら〜っと気まずい空気が流れているのが気が付かないのでしょうか? あのね、トランプが勝ったということは、冷静に判断すれば、こういう人の方が多くなった、ということです。数で言うと、そういう人のほうがメジャーってことだ。 片や、大金持ちが出現して格差はどんどん広がってます。 一部が落ちこぼれるならまだしも、大多数が落ちこぼれる。 日本もどんどんその状況に近づきつつありますが、それってどう表現しようがつまるところ「政治が悪い」ってことじゃないのか。

なのでトランプができてきた(トランプで上手くいくかどうかは分かりませんが)。

これなら救いもあるが、それとも、本気で大体数の国民に対して「お前ら、落ちこぼれ」と言うなら、オイラは知らんぞ、どうなっても。 NHK は2000万近くの年収との事ですが(因みに、JASRAC は2000万円超えているらしい!)、自分が安泰なら、それで良いんか? いつまでも、言ってろ! 僕は心底大人しい羊ですが、羊は大人しい羊ばかりとは限らん。
自分たちだけ良ければ、他の多くはどうなっても知らんというなら、これこそ「優勢主義」で、究極の差別主義者だ。教養と高学歴を身に纏ったお上品なネオナチだ。 私の言葉だと「サイコパス」だと思う。

2017/2/7

対立軸

対立軸は、自分の論を有利に進める為に恣意的に持ち出すもので、それが正しいかどうかはともかく、その人が何を考えているかを理解するには役立つ場合がある。

ルペンが持ち出す対立軸は右か左かではなくて『愛国者』vs 『世界主義者』 らしい。
しかし、このオバサン、って失礼ですね、私よりずっと若いのでお嬢さん。 迫力あります。 ヌーランドも迫力ありますが、ヒラリーもそうですが、若い時はそれほど変じゃなかったのに(どちらかというとインテリの美人系)、どう形容して良いやら分かりませんが、歳を取ってなにか取り憑かれたというような、どす黒い迫力。 これとは、方向が違って、もっと田舎のオバちゃんみたいな吹っ切れた迫力です。
女性は凄い!
それに比べて最近の男は情けない。
トランプは笑った顔は可愛いんですが、プーさんは5人もいてどれがホンモノかよく分かりません。ソロスも迫力ありますが、ヌーランド系の迫力かも。

どうでも良い話はやめて、現在は、左といってもマルクスの資本論なんか読んだことのなさそうな世襲左で(読んでも理解できんだろう?)、過激な左はもう居ないし、右も以前はもう少し気合が入っていたように感じたが、ネトウヨなんぞは落ちこぼればかりで、ワケワカメ状態。 この対立軸はもう用をなさないのは良く分かる。
愛国者というのは超微妙。 こういう言葉遣いをするのでルペンは極右と形容されるのかも知れません。 反対の世界主義者は、ほぼグローバル主義者を指す。 NWOにつながる動きでネット民としては、これは非常に分かりやすい。 その対義語としての愛国者なら、かなり分かりやすいが、ただ「愛国者」と言うといろいろなニュアンスが紛れ込んで急に不鮮明になる。 それに「愛国者」という言葉は、今ではあまり良い響きの言葉じゃなくなってきた。

愛国者 = 現政権を愛する人、とするから可怪しな事になる。
言葉は変遷します。
「世界ふしぎ発見」で、ポンペイの奴隷というのは今のサラリーマンの事です(意訳)という説明がが忘れられませんが、どんどん変わる。 リベラルという言葉も然りだ。今では、多少高学歴なのは認めるとしても、権威主義的で、全く頭の固いコチコチの連中なのに直ぐに他人を小馬鹿にする、自称リベラルが多い。

愛国者 vs 世界主義者という対立軸と似たようなのに、『1%』vs『99%』という対立軸もあります。 1%がはっきりしているので、他の99%は1つでなくて曖昧でも、対立軸はよく目立つ。

どちらも「世界主義」を念頭においた対立軸だ。

ところがこの「世界主義」ですが、そのイメージが分かりにくい。
完全に真逆なものが2つある。

善い「世界主義」
これもグローバリズムと呼び名を変えると、自由主義経済を推し進めて貿易を盛んになり、貧しい国がなくなる、何某か「良い」主義の様に聴こえるから不思議だ。 地球主義とも訳されることがあるみたいですが、理性的なイメージで、世界が1つになって平和なイメージがある。 これは止められない動きであり、これに異を唱えることはとても愚かであるような空気さえ漂う。善良なヒラリー候補者のイメージだ。

悪い「世界主義」
ところが「世界主義」をネットでいうところのNWOだと訳すると、世界の国民はチップを埋め込まれて、一人残らず管理されるようなイメージ。 固定化された階級ができて、ほんの一部のエリートだか支配層と、他の大勢の奴隷という非常に悪いイメージに変わる。サイコパスなヒラリー候補者のイメージだ。

私も含め、これまで多くの人は前者の世界主義を夢見てた。
世界はどんどん良くなるものと思っていた。 今でもそれを信じている人は多い。
ところが、ネットを中心に、そうじゃないでしょ。よく現実を見ましょう。 という動きが始まった。 特に盛んになったのは、911以降だ。 ネットを見ている人にとっては、後者の悪いイメージの世界主義が直ぐに思い浮かぶ。 これは、ネットを見てない人には、思いもよらぬ物だと思う。 まさに「陰謀論」であり、与太話にしか聞こえないと思う。 私もネットを見てなかったら、そうなっていたと思うから、そう言う。

冷静に考えてみると、西側の価値観でしょう?
良いところもいっぱいあるのは認める。 でも、そうじゃない生き方をしている人の方が多いのに、簡単に行くわけないじゃん。 多数決やると負けるぞ。 経済をつかってやるにせよ、これを安直に押し付けて1つの世界にするのは、経済戦争という言葉がありますが、武器を使わない侵略だ。

時代はさらに進んた。
良くなるはずの世界が、どんどん悪くなる。 景気は冷え込んだまま、一行に上向かない。 全員が貧しくなるならまだしも、こんな社会なのに、ほんの一握りの人は大金持ちになり、格差は広がるばかり。 多くの人は将来に対する見通しさえ立たない。 まだ余力がある人はともかく、ない人から順番に落ちこぼれてゆく。中産者階級、つまり普通の「市民」はどんどん貧困層に追いやられる。 ネットを見てない人でも、そろそろ何かが可怪しいと気がつく局面に差し掛かっているのが今じゃないかと思う。 後者の意味での「世界主義」がなんとなく普通の人にもイメージされつつある。 今、MSM (大手のメディア)が、ちんぷんかんぷんな報道をしてますが、 それでなければ、泡沫候補のトランプが勝ったことを上手く説明できないんじゃないかと思う。血迷ったアメリカ人とでしか。
ジョージ・オーウェルの小説「1984年」がトランプの発言を契機に、ベストセラーになって、急遽増刷されることがつい先日ニュースで流れてました。 これは正に、後者の世界主義のイメージに他なりません。
映画でいうと「未来世紀ブラジル」のようなもだ。
Twitter で有名になったので、私も買ってありますが、まだ積読だけで、読んでいませんが。
トランプが上手くやれるかどうかは知らない。 ルペンがもし大統領になったら、何をやるかも知らない。 彼らが我々をどこに導こうとしているのかも知らない。 彼らを積極的に肯定するつもりもない。
しかし、明らかこれまでとは違う動きが生じている。 ネットを見ない人には全く思いもよらぬ動きが始まっていた。 少しずつ少しずつ増えてきた底流のこの動きが、ようやく表舞台にも顔を出してきたように私には思える。
スピリチュアル系の言葉で言うと、アセンションは始まっていた。
歴史が動く瞬間を今、我々は目にしているんだと思う。

2017/2/12

旧友と長電話する

おかげで、左の脳が痛い。途中で右耳に変えたが、右もちょっと変。
うん、携帯は絶対によろしくない。
直接あって話をするほうがずっと良いが、ちょっと遠い。
色々話は飛んだが、最後で彼曰く、私の言葉だと統合失調一歩手前ですが、 矛盾を抱えたまま生きても障害を発症せず、且つサイコパスにならない、 こういう生き方を日本人は比較的得意。 私もずっと不思議におもっていたんですが、発症に至らない方法ですが、つまり統合されてない精神の断片が複数ある状態で、その状態から脱するには、私が知っているのは具体的にはどうあれ自分で悩んで1つ上の統合されたレベルまで持っていくという方法。 つまり「哲学」です。 ところが、彼が言うには「祭」(まつり)には統合させずとも発症させない効果があると。
私、お祭りは大好きです。
私の田舎の祭りにはそこまでの効果があるかどうかは怪しいのですが、 なるほど彼の地方の祭り(結構有名ですが)には、それだけの力があるのかも知れない。
人々は社会の中で色々な矛盾に遭遇し、それを抱えたまま生きる。 永い、永い苦悩の時間ですが、それが「祭り」を行うことで、昇華されてしまう。
人はまた気持ち新たに人生を歩むことができる。そのための「祭り」らしい。
私、お祭りは好きな割に、祭の意味なんか考えたこともなかったんですが、 彼にそういわれると、そうかも知れないと思った。

2017/3/2

ワイドショー

飯を食べながら、ワイドショーを見る機会があった。
でんでん学校やってました。 軽く今日のニュースをやったあと、「じゃあ分かりやすく、○○委員に説明してもらいましょう」 となって、○○委員が説明し始めた。
受けた○○委員が「では、問題を整理してみましょう」と開始しましたが、 その問題の整理の仕方、切り口、それ自体に、話しがヤバイ方向に向かないような工夫というか、誘導が含まれているんですね。 それ全然整理じゃないよぉ。
いつも例に出すように、亀とアキレス の切り口だと、それ論自体は正しくても、どう頑張ろうが、アキレスは亀を追い越せない。 騙してガッテンの世界です。
冷静に聞いていると突っ込みどころ満載なんですが、全体として説明自体は簡単な言葉を使うんですが、「権威」でデコレーションしてあって、ところどころ専門的な単語もつかったりして、そこに至る経緯は突っ込みにくくしてあるんですが、結論自体は非常に分かりやすくする。 偏差値40の人でも分かる番組にするらしい(どうりで、子供っぽい訳だ)。で、 疑念が入り込む隙を与えない。 ぼーっとTVを観ていると、その捉え方が頭に入り、あっちでもこっちでも似たような報道で、なんどもなんども繰り返されることで、それ以外の捉え方が、できなくなる。 そうなってしまうと、いわゆる、洗脳です。
それがどれだけ偏っていても、目が冷めたら本人も気がつくと思うんですが、こういう捉え方をするのが正しい大人、社会人、日本人だと思い込む。
その状態では思考停止してます。
で、私が違うことを言うと「お前は、偏っている!」となります。
でんでん学校では、追求の矛先がワークニの最高シレーカンに行かないように、とてもよく、構成されてました。 だれが台本を書いているのでしょう。 赤坂飯店効果でしょうか?
ネットは違います。各々が勝手な捉え方で、勝手な結論を言ってる。 請け負っているだけの人のは直ぐにメッキが剥げる。 そうじゃなくて、自分がある人は「独自」です。 勿論、全員が全員じゃないんですが、まだそういう「自由」な人が残っている。 なので、楽しい。 彼はこの件に関してどう発言するんだろう? と思わず、見に行きたくなる。 それが私の意見と合ってようが違ってようが無関係に、彼の意見を聴きたくなる。 自分と違う人が居て、その人はその人の価値観で独自に判断する。 楽しいよね。うん、楽しい。
こういう人って別に意見が合わなくったって、攻撃してきたりしない。 「軽井沢する」って、こういうことだ。
軽井沢するに際して注意するのは、「向こう側の奴」が紛れ込んでいることだ。

悪魔の証明

存在することを証明するには、1つでも存在する例を上げれば良いので簡単。 (いかなる場合にも)存在しないことを証明するのは、ほとんど不可能。
これを「悪魔の証明」といいます。
普通は、その否定を仮定して、もしなんかの場合に1つでも存在するとしたら、こういう不都合が起きるでしょう? でも、起きてないから、存在しません、とやる。

よく出される例が「フセインの大量破壊兵器」の例だ。
我が方の総理大臣は「イラクが持ってないことを証明できなかったからだ」と述べたが、持ってないこと(否定形)を証明するのは一般には不可能だ。
フセインは持っていないと言った。好きなだけ調べろ、といって国連に調べさせた。 査察では発見されなかったが、それでもアメリカは「隠し持っているに違いない」と攻め入った訳だ。

仮に貴方が麻薬所持の嫌疑をかけられたとしよう。
どうやって証明します? それどころか、家宅捜索してくるお巡りの中に、貴方を貶めたい人が紛れ込んでいて、証拠物件を持ち込んでわざと発見されるようにするかも知れない。
もっとありそうな例だと、スーパーから出ようとしたら警備員に呼び止められた。
肩にかけていたトートバックに見知らぬ商品が入ってた。 これ、どうやって盗んでいないことを証明しますか?
もっと切実な例だと、満員電車でいきなり手を掴まれて「痴漢です!」と騒がれた。 貴兄が無実だとして、これどうやって無実(やってないこと)を証明しますか?

トートバックの例なら、そのスーパーの監視カメラを再生するとなにか分かるかも知れない。このように、個別の事例では証明出来る場合もあるが、もっと広げて、生涯一度も万引きしたことはない、ことを証明しろ、と言われると本人には自明でも難しい。
攻め入って、フセインを絞首刑にした。
結局、大量破壊兵器は見つからなかったのに、理不尽な話だ。心が痛む。

さて、○○さんは、名前を出すことすら憚れるみたで、アレ と称する。
それに習うと、アレ は「嫌疑をかけられた政治家は説明責任がある」(意訳)と言い放った。 これは一般的に正しいと思う。
ところが、自分に嫌疑が向けられると「悪魔の証明なんかできない」と言う。
役人が書いたんでしょうか、その答弁の台本。 悪魔の証明という言葉を知っていただけも驚きですが、野党の質問はそういう事じゃない。はい、か、いいえで応えられる質問だ。 それに対して、拡大解釈して、というか問題すり替えで、そう答える。 対話になってない。
見てて耐えられないくらい恥ずかしい。 これが我が国の現状だ。

2017/3/16

昨日、一番気になったのは菅野完氏の会見だ。
夜中にネットで観たんですが、菅野氏じゃなくて周りを取り囲む記者の異常さ。
菅野完氏からしか情報を得るしかないくせに、菅野完氏の話を聞いちゃいない。 他人の迷惑顧みず、ただ執拗に自分の欲しい情報を要求する。 節々に見える菅野完氏を内心小馬鹿にした態度。
う〜っ、ヒラリー臭い。
ヒラリーはともかく、これ感じたのは私だけじゃなくて、菅野氏が野良犬なら、彼奴等は所詮飼い犬だと揶揄する投稿が目立った。 案の定、菅野完氏の個人攻撃が始まった。
迫田と松井はどうした?

これも、twitter からですが
ここのトップが90% off して異例の出世した人とするなら、とんだ茶番です。
税務職員の心中を察するに辛いものが在る。
どこもかしこも最近はこのパターンが多い。
ホントなら、統合失調症を発症しても可笑しくないレベルと思うが、人には二重思考という便利な機能が備わっているらしい。
そりゃそうと、もうすぐ最高裁判事、15人全員を「安倍内閣が任命」 することになるらしい。 最高裁がこんな感じ、加えて共謀罪法案、でマスコミは飼い犬、これじゃあ到底巨悪は倒せない。 巨悪の責任は当然だが、騙すゴミの責任も非常に大きいと思う。

2017/3/20

ダブルバインド

元ネタは下だ。
普通に考えれば、言行不一致どころか、真逆だ。上になる。 ネットゲリラさんのページにあったコラです。

コラはともかく、元ネタではこれをのうのうと批判もせずに流した訳だ。 普通の人にとってはどうでも良いことかも知れませんが、中には自分で判断出来ると思っている人も居るわけだ。そういう人は、どういう風に判断するんだろう?
大人はこれをどう子どもたちに説明するんだろう? 大人はさておき、子どもたちはこれどういう風に収めるんだろう?

今の AI なら、よくあるパターンを尊重するので社会なんてそういうもんだと簡単に結論付けるかも知れませんが、真面目な HAL なら「統合失調症」になるレベルだ。

先ず、綺麗事を言う。 それは、単に綺麗事を言っているのではなくて、それに反する悪い大人になっては行けませんという意味がある。 否定だ。
次に大人になると、綺麗事とは真逆の矛盾する現実を突きつけられる(否定の否定)。
で、同時に、これを受け入れられないと、干しますよという、暗黙の圧力(脅し、同調圧力、空気?)がある訳だ。
これ知ってか知らずか、絵に描いたような『ダブルバインド(二重思考)』の例だ。
つまり、この過程を通して、なんでも言うことを聞く、骨抜きの奴隷国民が出来上がるって算段だ。

可怪しいことは可怪しいと言わないと、行き着く先は、1984で描かれたような社会だ。って、偉そうに言っても、まだ読んでない。積読、俺様。

ショック・ドクトリンは、怒りでも不安でも、とにかく異常な感情の高まりを引き起こしておいて(つまりその状態では本人もどうしてよいか分からなくなっている)、導きたい方向への解法を提示することで『洗脳』を開始する手法ですが、こちらは感情を否定してない。
それに対して、ダブルバインドは、どちらも否定からはいるのは一緒ですが、もっと高度なテクニックで、もう1クッションおいて、人を陰湿な奴隷へと導く手法です。 『洗脳』を定着させるには、自由な感情の発露はマズイ。 それを二重否定で閉じ込めておいて、彼が存在出来るとしたら唯一そうするしかない、と定着させる必要がある。

この仕組みが飲み込めると応用範囲は広い。

例1:これはいつものマザコンの例。
子供がなにか興味を示しても、危ないからとやらせない(最初の否定)。
やり方も教えないで、もう少ししたら(やっても良い歳に成長するなどして)その準備ができていないのにやらせてみる。
案の定、失敗する(2度めの否定)。
あなたはお母さんがついて居ないとなにもできないんだから、と呟く(誘導と定着)。
隠して、マザコンと子離れしない母親が出来上がる。

例2:新入社員が営業で入ったとしよう。
上司は営業はこうやるんだと最初、教えるんですが、その時にその新人の性格とか能力を十分肯定して、その延長上での方法を教えるわけじゃない。 もしも自分流にやろうとしたら、実践営業させない等の、 何某かの形で新入社員が思い描いていた世界の否定が入る(最初の否定)。
且つ、十分に教えない。 で、実践をやらせて失敗させる(二度目の否定)。
2度めの否定は、上司自らが行うわけではないが、わざと失敗させるという意味では同じだ。
そこで、いくつかアドバイスをして上手く商談を成立させることで、部下の新人社員が上司は会社に逆らえない状況を作る。
めでたく社畜営業が出来上がる。

共通する特徴としては、最初の否定も二度目の否定も、あなたのことを思ってやるんです、みたいな形態を取って、否定に見せなくする。 単純否定だと、反発されてしまう。 次に、2度目の否定は最初の否定の否定になってることが多い。 冷静にみると矛盾している。 要は、最初に否定された感情が、肯定されそうに見せて、やっぱり駄目で、最初の思いからすると、もうすっかり形が変わってしまってますが、唯一許されているのは○○だけです、導くためのものだ。それ以外の選択肢をなくして、閉じ込められればそれでよい。 その為には、2つだけじゃんくて、3つ4つと続いても良い。

例1は、子供は両親からの愛が必要だってことを逆手にとって、無理やり親の好みの子供に育てる例だ。力の差がありすぎて、防ごうにも難しいところもある。
例2は、もういい加減大人になっているんだから、ミスミスそいう姑息な手に引っかかるなよぉと思うんですが、真面目な人程ひっかかる。
貴方がダメ人間でも、それなりの実績を残した人でも、どちらでも良い。 若かろうが、爺さんだろうがどちらでも良い。 貴方が自分の人生を素直に振り返るなら、これ、つまりダブルバインドの罠、何度も何度も仕掛けられたってことが分かるハズだ。 恣意的にやる奴も居るし、無意識にやる人も居る。 友人と思っていた奴もやるし、下手すりゃ配偶者もやる。 思い当たるものがすぐに浮かぶと思う。そうじゃなければ、まだそのダブルバインドの罠から抜け出せてない、って事だ。

ちょっと異型の例3を挙げておく。
許容量は 1mSV/年です。
フクシマが発生。
許容量は 20mSV/年まで大丈夫です。
食べて応援、絆が大切です。
これで、多くの日本国民が絶望を通り越して、理性を失った。

応用編の例4を挙げておく(夏目漱石:こころ)。
私のお嬢さんの本心を知ったKは、先に親友の私に自分のお嬢さんへの気持ちを打ち明ける。これが最初の否定。
困ってしまった私は、女将さんにお嬢さんを嫁にくれと申し出る。 お嬢さんがOKを出して、結婚することになったが、Kには打ち明けられずに居る。 Kは出し抜かれたことを知って、隣の部屋で首吊り自殺をする。これが2度めの裏切りで、且つ破壊的誘導にもなっている。
本来なら、Kに謝って和解するチャンスがあったかも知れないのに、これを永遠に封印され、結婚したお嬢さんとも正常な関係を築けず、ず〜と罪の意識にさいなまれることになる。

さて、ダブルバインドを最近お気に入りの統合失調症のパターンで考える。
新しく用意された人格と、それ以前の人格の2つが瞬間的には存在する。 新しく用意された人格で全てが満たされれば、それはそれで済んでしまう場合もある。 たとえば、やり甲斐のある仕事、十分な収入が与えられ、幸せな家庭、持ち家、充実した趣味、etc,.. と。 彼は、彼女かも知れませんが、絵に描いたような幸せな人生を演じることができる。 統合はされてないが、失調は生じない。 その代わり、それまでの人格は徐々に忘れ去られてしまう。 勿論、その人には間違いないので、記憶としては残っているが、生き生きとその情景や感情を思い出すことはできなくなる。 確かに、あの時はいたく○○したが、若かったからね、で終わってしまう。
ところが、最近のようにブラックな企業に象徴される日本の社会だと、仕事を基盤にした人格では、幸せになることはできない。おまけに、それ以前の人格も存在する。 昔なら、仕事が終わったら飲んで遊んで、憂さ晴らしができたかも知れませんが(それも1つの人格だ)それも許されない。 派遣社員には、遊ぶだけの十分な収入も時間も安定も与えられない。 そりゃあ、失調するよ。
精神科に言えば、うつ病と診断されて、うつ病ビジネスのカモにされてしまう。
薬漬けになった脳では、根本的に問題解決に向かう道を閉ざされてしまう。
1つの人格は、1つのオートポイエーシスなので、これはそのままオートポイエーシスで表現したのと等価だ。 オートポイエーシスのネットワークは、何度も何度もそのネットワークを辿ることで、オートポイエーシスの存在が維持される。つまり、繰り返す。 例1だと、自分が親になったときに、今度は自分の子にそれを行う。
悪意がある場合もあるが、ほとんどは本気で子供のことを心配している。 彼女には、それしか子供を愛する方法を知らないんだ(な、俺様って優しいだろ)。 そんな近親相姦みたいな愛、子供にはいい迷惑なんだ。
子供は羽ばたかせてあげましょう > 子離れできないお母さん
大人になれたお子さんは、あなたのこと見捨てたりしませんから。

これを精神分析的に表現すると次のようになる。
否定を通じて、自分は愛されていない、or 必要とされてない、やりたいことを否定される等して、傷つくんですが、これは理性的なものでカモフラージュされており(アタナの為をおもってやってくれてている etc,..)、それをリアルに意識することはない。 ほぼ無意識で傷つく。それは抑圧となる(コンプレックス)。 それを新しい人格で昇華できた人は、正常状態を保てるが、その抑圧は無意識中にエネルギーを保ったまま残っている。なので、それを打ち消すために、彼は、彼女かも知れませんが、それを繰り返す。以下同文。

余談になるが、もし最初の否定で傷つかなかったとしたら、「何、いってんだよこいつ」みたいに、だとしたら、ダブルバインドは成立しない。 相手の言うことは適当に「はい、はい、はい」と聞いておいて、自分で好き勝手やる。 会社だと、その会社にホントに魅力がなければ、その社員をとどめておくことはできないので、そういう優秀すぎる、もしくは、やんちゃな人材は採用されることはない(by ○○○の面接官)。
優秀なら良いってもんじゃない。

2017/3/22

some と any の話、再掲

実は『Some と Any の話』もダブルバインドになっている。
もう一度簡単におさらいすると、予習しない学校教育(英語)を考える。
そのカリキュラムは次の通りだったとする。

1日め、Some を教える
2日め、Any を教える
3日め、Some と Any の使い分けのテスト
4日め、テスト発表

そこで、ある子が、2日めを休んだ。O君としよう。
で3日目のテストで「幾つかの」という箇所を全部「some」と答えたとする。
それは必然の結果で、その生徒の判断力は全く正しい。

問題は4日目のテスト発表だ。
O君は自信家だったとしよう。テスト結果を見て、当然疑問が湧く。
そこで「先生、 僕の回答はどこが間違っているんでしょうか?」と質問する。

良い先生なら、例えばこう答える。
「それは良い質問だ」、から始まる。
日本語の「幾つかの」がそのまま「some」と等しければ、常に some で良い。
//つまり、生徒の判断は間違いではない、と肯定する。
ところが、英語と日本語はそもそも発想が違う。
日本語の「幾つかの」に相当する英語には、some と any の2つがある。
some には肯定的なニュアンスが含まれる。 つまり、存在して当たり前の場合は some を使い、1つも無くてもOKな場合は、any を使う。 否定の場合は1つもないし、疑問文の時は No と返事される可能性がある。 よって、通常は否定文や疑問文では any を使う。
相手が良く知っている奴で、コイツは珈琲を進めても断らないと想定される場合には、Do you have some coffee? と疑問文でも some を使ってよい。飲むかどうかわからないときは、any だ。
こう、説明されると、O君は、ほぼ完璧に some と any を使い分けできるようになる。 英語が好きになり、同じ間違いを犯した友にも気軽に教える事ができるようになる。 友達にとっても良い奴になる。

ところが、悪い先生だとこうなる。
O君が「先生、 僕の回答はどこが間違っているんでしょうか?」と質問するやいなや、 「何を君は言っているんだ?」から始まり、
今回のテストで、間違えたのはO君、君だけだ。 そもそも、授業を休むことから間違っている。 今頃こんなんじゃ、XXX と吊し上げが始まる。
早い話、O君の生き様、存在を否定してかかる。
最後に、肯定文だと some で、疑問文や否定文だと any なんだ、と一応説明を付け加えるかも知れませんが、そんなことは言われなくても、隣の生徒の回答を見れば分かる。 結果じゃないんだ、その結果を導くための判断をどうすれば良いのか?を訊いている。 O君の質問、彼は上手く質問出来ていませんが、それには全く答えない。
O君がそれでも全く傷つかなければ良いのですが(なんだ、コイツも分かってないんだアホセンコーってな感じで)、もしきずついてしまうと後は厄介な事になる。
次、別の機会に、自分は正解したとしても、似たように間違ってる学友から「なんで、そうなんだよ?」と質問された「ばっかじゃねぇの、お前、そんなことも分かんないの」と嘗て、自分がアホな先生から受けた仕打ちと同じようなことを学友に対してしてしまう。 結果、嫌な奴になる。
下手するとそれをきっかけにもっと虐めてしまうかも知れない。 で、おそらく成績とは無関係に英語が嫌いになる。


良い先生は、生徒の興味、実態に合わせて自由に指導できる。 そういう先生と巡り会えた生徒は、新しく知識を得て、より1つ成長する。 それは、自由が1つ大きくなることを意味する。 な、「教師」って良い職業だろ? なりたかったんだ。
それに対して、悪い先生といきなり遭遇した純真な生徒は大変だ。
理由はともかく、結果は覚えたるかも知れませんが、そこで1つ、場合によってはもっと多くの自由をなくす。それどころか、その影響はず〜っと心の中に残る。
オイラみたいにちょっとひねてると、一度やられると分かるので、次は対応するんだが。

さて、これのどこがダブルバインドか?
良い先生の場合はそうじゃないのは直ぐに分かる。1つも否定していない。 誘導もしていない。生徒を自由にして、好きなところへ羽ばたかせている。
悪い先生の場合は、そもそも教え方からしておそらく高圧的だと思われる。
原理主義的でおもしろ授業じゃないと想像される。そこに最初の否定が存在する。
次に、生徒の質問を許しておいて、質問したら、更に否定。
で、どこに導くかというと、文句を言わない従順な生徒に誘導する。

なんども言うが、そういう先生は、高い確率でそういう教育を受けている。
先生から、そういう扱いをされた生徒は、他の学友に対してもそういう態度を取るようになる。
上の悪いケースの教師にもそれほど強い誘導の意図はない。 精々、自分の授業を静かに聞いてくれて、理解して良い成績を取ってくれれば良い程度だ。 少なくとも彼 or 彼女の意識としては、全くない場合もある。 必要以上に傷つけていることを全く認識していない。 勿論、意図してやる奴も居ます。 意図してやる奴は、上の悪い例の先生みたいな下手な手法は取らない。 特殊な嗅覚をもち、狙った人の心の弱みに巧みにつけ込んで追い詰めて誘導しようとする。 しかし、全般に言えるのは、こういうのは伝染する。 免疫を持ってない人が近づくと感染するので安易に近づかない方が良い。
不良と付き合えば不良になるし、ある企業につとめればその社員っぽくなる場合がある。 それが、よりその人らしく、成長し羽ばたく、みたいな感じなら良いのですが、そうじゃなくて、牙が抜かれ、明るさがなくなってしまい、それまでのその人と違うなら、それはダブルバインドかも知れない。
親は、もしくは良い教師は、世の中にはこういう人が居ることを想定して、純真な子どもたちの免疫を高めておいた方が良いかも知れない。 って、頼みの親はどうやって自分の免疫力を高める?
いや、むしろ羅患してしまった親がどうやって健康状態に復帰する?



因みに、二重思考は、ジョージ・オーウェルの「1984年」ですが(これは文庫で出ていて安い)、ダブルバインドを学問的にあーだこーだ言い始めたのは、グレゴリー・ベイトソンらしい。 私がここで言っているダブルバインドは、ネットで知った奴なので、グレゴリー・ベイトソンのそれとは微妙に違うかも知れませんが、悪しからず。
で、ベイトソンの「精神の生態学」という本らしいんのですが、訳本で出てますが、げっ、中古で16,000円 もする!
何冊か、1万円超えの本もってますが、高すぎ。 みたら、700頁以上ある分厚い本のようだ。 パス。今は、忙しいので読みきれん。
仕事やめて、他にやることなにもなくなれば、読んでも良い。 いや、生きている間に読み切れそうにないので、やっぱりパス。

2017/3/22

サイコパス

ロバート・ヘアによるサイコパス(精神病質者)の定義。 良心が異常に欠如している、他者に冷淡で共感しない、慢性的に平然と嘘をつく、行動に対する責任が全く取れない、罪悪感が皆無、自尊心過大で自己中心的、「権力や地位への渇望が異常に強い」 と言ってますが、定義というより結果。外から見た場合の特徴ですよね。 統合してないくても、発症しない統合失調症で全ては説明できると思う。
洋画をみていると屡でてきます、サイコパス。
これまで、サイコパスというと実在する人で具体的には Lock her up のオバサンを思い浮かべてました。 上の文章の特徴だけ読むと、今なら日本人の○○さんを思い浮かべますよね。 まんまじゃん。
凶暴性は、オバサンの方が上かな。知性は我が方がずっと劣るようだ。
我が方のは思い上がりも激しくて、最近では「天皇になろうとしている」と揶揄されてます。 本物の天皇を否定して自分が天皇になろうとしている人を応援するとは、まことに変な右翼だこと。
怒れ! > 右翼の皆様
と言っても、在日右翼がほとんどになってしまったら、怒れんわなあ。
在日といえば、最近ひらがなを忘れた人が居ましたが、この人も権力欲が強いので在日と疑われて、ハングルなら書けるんじゃないの?と言われえますが、多分書けない。 植民地はマイノリティ支配させる事が多いのですが、この人に関してはそうじゃないと思います。 この人の事は縁があって少し知ってますが、お父さんは駐在所の息子。 駐在所のお巡りさんは、当時在日とかは就くのは難しい時代だっと思うので、遥か前は知りませんが、そうとう日本人と思います。

2017/3/28

そーいう人だったんだぁ

私が中学生だか高校生だったと思うんですが、確かに田中角栄の事は誤解してた。 幼い私には理解できなんだ。 当時の政治経済の先生の判断の方が正しかった。
なので、今回も間違っている可能性はなきにしも非ずだが、私はマズいと思うぞ。 というか最初からマズいと思ってた。 今回の事件での答弁を見ながら、今頃、そーいう人だったんだぁと驚いている人が多いです。○○○○○のオヤジもそうだ。なんで直ぐに見抜けないかなあ。 私はず〜と前から、そーいう人だと見抜いてたぞ。
政治家は人じゃなくて、やったことをみて判断せよと言いますが、なにか良いことやりましたっけ? 日本を代表する企業の1/4が国有企業になり、貧乏人は益々貧乏になった。 EGさん曰く、フクシマも外圧頼みですが、これから良くなるってホンマかいな? 私には信じられない。 偶然が重なって良くなる可能性がない訳じゃない。EGさんに言わせると必然かも知れませんが、日本国民の預かり知らぬところで、良くなってもなあ、それ民主主義じゃないぞ。急がは回れ、時間がかかっても王道を行くのが筋ですが、王道って民主主義でしょう? って、そっか、EGさんは民主主義なんか信じちゃ居ないんだ。

向こう側という意味では、中曽根さんは非常に分かりやすかった。
日本を面と向かって壊し始めたのは小泉さんですが、小泉さんは、これまで会ったことのないタイプで、最初、ほんの一瞬どーいう人だか分からなかったんですが、壊れてた。その息子はもっとヤバい。日本に残っている最後のお金「農協」を狙ってます。
今話題の人は、小泉さんの時、一緒に北朝鮮に行った時、成り切って演じている彼の姿からサイコパス臭を感じたのが最初でした。

2017/3/29

一度客観化してみる

思いついた人格とその特徴を独断と偏見でマトリクスにしてみた。
                          12.良心の欠如
                        11.嘘吐き
	      
10.自己中 9.無責任 8.理解欲 7.権力欲
6.比較的知力が高い
5.本来の自分が残っている 4.自分は特別(他社への差別を肯定) 3.満足できる環境に居る 2.統合されてない割合 1.人格が不連続
多重人格 ◎○−−− − −−−− −−
等身大 ××△×○ − ×○×× ××
アート女子 ×△△△○ △ ×−×△ ××
普通の人 ×△△×○ △ △−×× △△
無自覚奴隷・社畜系 ×△△△× △ ×−△× △○
ヤンキー ×△△△△ × △×△○ △△
筋肉脳 ×△−△△ × ○×△○ △△
良い右翼 ×△△△△ △ ○××△ ××
サイコパス ○○○◎○ ○ ○○○○ ◎○
カルトの教祖 ○○○◎○ − ○○△○ ◎○
カルトメンバー ×○△○× × ××−− −△
意識高い系 △○○○△ ○ ○○△○ ○△
共産党員 △△−○− ○ ○○−○ ○△
統合失調症 ×○×−○ − −−−− ××
◎ 強く関連あり/○ 関連あり/△ 多少関連あり/× 関連なし/− Don't care

横一列、縦一列はキューブに表現できるので、距離が計算できる。
それぞれの人格の他の人格との平均距離は次のようになる。

6.5 統合失調症
6.8 共産党員
6.9 カルトメンバー
7.2 ヤンキー
7.3 筋肉脳
7.3 意識高い系
7.5 普通の人
7.6 アート女子
7.7 良い右翼
7.7 多重人格
7.8 無自覚奴隷・社畜系
9.0 等身大
10.4 カルトの教祖
10.8 サイコパス

驚くには当たらない。
ここでいう「統合失調症」の人は、そういう名前をつけましたが、実際は、心が分裂していて、社会的にも満足できる環境に置かれてなくて、且つ本来の自分が残っていて、嘘を吐けず、悪さもできない人を言うだけで、別に統合失調症を発症しているかどうかはわからない。
共産党員と書いてますが、今の明るい共産党員じゃない。 私が知っていた頃の暗〜い、陰湿な共産党員だ。単に私のイメージ。 他も同様、気にするな。
シミュレーションと一緒だ。鉛筆舐め舐め、都合の良い数字(この場合はマトリクス)にしているので、都合の良い結果が出る。それだけだ。 でも、数値化されると、言葉だけよりは少し冷静になれる。
サイコパスが一番、他の人格と距離のある人格となってますが、そもそもこの表はサイコパスを主眼にしているのでそうなっても当然です。
それでも、他の人格から、ここでいうサイコパスには変化するには難しく、統合失調症に成るには比較的簡単という予想は付く。

各人格とその他の人格の距離ですが、組み合わせが多いので、近いのと遠いのだけ載せる。

2.1 ヤンキー/筋肉脳
2.1 サイコパス/カルトの教祖
2.3 意識高い系/共産党員
3.2 アート女子/統合失調症
3.6 等身大/アート女子
3.7 無自覚奴隷・社畜系/カルトメンバー
3.9 良い右翼/統合失調症
4.1 等身大/普通の人
4.3 普通の人/統合失調症
4.4 筋肉脳/統合失調症
4.5 アート女子/普通の人
4.5 多重人格/カルトの教祖
4.5 アート女子/良い右翼
4.5 筋肉脳/良い右翼
4.6 多重人格/サイコパス
4.6 ヤンキー/カルトメンバー
4.7 等身大/統合失調症
4.8 ヤンキー/統合失調症
4.9 ヤンキー/良い右翼
4.9 普通の人/良い右翼
....
....
9.5 カルトの教祖/カルトメンバー
9.7 サイコパス/カルトメンバー
10.0 等身大/意識高い系
10.7 カルトの教祖/統合失調症
10.7 サイコパス/統合失調症
10.8 筋肉脳/カルトの教祖
11.2 ヤンキー/カルトの教祖
11.7 筋肉脳/サイコパス
12.0 ヤンキー/サイコパス
12.0 無自覚奴隷・社畜系/カルトの教祖
12.3 無自覚奴隷・社畜系/サイコパス
12.4 普通の人/カルトの教祖
12.8 アート女子/カルトの教祖
13.0 普通の人/サイコパス
13.0 良い右翼/カルトの教祖
13.4 アート女子/サイコパス
13.6 良い右翼/サイコパス
14.7 等身大/カルトの教祖
15.1 等身大/サイコパス

ヤンキー/筋肉脳とサイコパス/カルトの教祖は、距離が近い。
意識高い系/共産党員とアート女子/統合失調症も然り。
等身大の生き方が、サイコパスと対極にあるのが分かるが、等身大の生き方している人って誰よ? と問われても、思いつかない。空想上の人格な。

設問、というか特徴の方は3つに分類してある。
1〜5は、心の構造と状況を示している。
6は生まれ持ったもの。7〜12は特徴的なものを挙げたが原因というよりは結果だ。
で、設問も縦のキューブとみなすことができるので距離が計算できる。

以下、近い順に見ていくと、

2.5 3/6
3.2 6/8
3.6 4/11
3.7 9/12
4.1 7/10
4.2 1/9
4.2 2/6
4.2 3/10
4.3 5/8
4.4 3/8
4.6 3/12
4.6 2/10
4.6 3/7
4.7 2/9
5.0 2/3
5.0 3/9

3,6,8は近いが、6と8は、まあ当たり前だ。 3は、頭の良い奴は、自分を有利な環境に置くのが上手いと理解すれば、それはそれなりに納得。 3は、更に8、10とか7とかとも比較的距離が近い。 例えば、貧乏に生まれるとか、家庭環境や職場環境が悪い等、人は追い込まれると色々悪い方向に進易いのは致し方ないが、逆だ。 そうではなくて、頭の良い子ズルい奴が、権力欲を欲し、自己中をやって自分を良い環境に置く。その結果だと考えるとつながる。
4と11も近い。他人を自分と同じと思わなければ、嘘も吐きやすい。
9と12も近い。ちょっとニュアンスが違うが、無責任な奴は、悪いこともする。
7と10も近いが、権力欲があれば自己中にももなろう。
次が、1と9だが、人格が不連続だと無責任になるというのも分かる。 やった時と責任取る時は、違う人格ですから。
次が、2と6だが、人格が不連続だと無責任になるというのも分かる。 やった時と責任取る時は、違う人格ですから。

他方遠いところを見ると、

8.7 1/2
8.7 5/12
8.8 1/4
8.8 1/5
8.8 4/8
9.6 4/5
9.8 5/11

5と11だ。本来の自分が残っている奴は嘘をつかない。
次が、4と5ですが、本来の自分が残っている奴は、他者も同じ人と見るので、他者への差別意識を肯定するのは難しい。
次が、4と8ですが、他者を差別意識で見ることができる人は、自分で理解納得するまで理解しようとする傾向が低いと表現できる。納得しようとしたら、差別意識を持っている自分を自己否定することになるので、これはこれでリーズナブル。
次が、1と5ですが、元々1の設問は多重人格を際立たせようと設けた設問。 そのうちの1つ、本来の自分を呼び起こせなくなっていても不思議じゃない。
次が、1と4.人格が不連続であれば、他者への差別意識を肯定するのも簡単と思われます。
次が、5と12。私自身は良心を信じない。 良心は、本来の自分の人格との統合圧力だと思うので、だとしたら、この結果は当然。





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